北海道で5月末に起こった小学生・田野岡大和君の失踪事件はまだ記憶に新しいだろう。この事件は“しつけ”として山中に置き去りにされた彼が失踪し、6日後に自衛隊の宿舎で保護された、というものだ。とにかく7歳の少年が、大きなケガもなく生還できたのは、喜ぶべきことなのは間違いない。
しかし、今回の事件にはまだまだ謎が多い。発見場所であり、彼が数日間過ごしていたという自衛隊宿舎は、置き去りにされた場所から約5キロも離れているうえに、そこまでの道のりは川や森があり、失踪中の5日間のうち3日は雷雨だった。そんな中、7歳の少年がTシャツという軽装で山中を歩き、自衛隊宿舎に忍び込み、数日間過ごすことは本当に可能なのだろうか?
実は、こんな事件は昔から、しばしば起きていた。「山で突然、人が忽然と消えてしまう事件はよくあるんです。昔の人は、それを“神隠し”と言っていました。日本では古来より説明のつかない失踪事件を“神に隠された”として解釈してきたんです」(民俗学を大学で教える研究者)
江戸時代には国学者の平田篤胤が、7歳のときに天狗にさらわれ、数年後に江戸に戻ってきた寅吉という少年のことを記録している。そして、民俗学者の折口信夫は浦島太郎の話を神隠しと関連づけた。乙姫という神の代行者によって竜宮城という神域にさらわれ、帰還した話は神隠しと共通しているとした。
さらには、民俗学の大家・柳田国男は著書に「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあう」と記している。まさに、今回の大和君の一件とは奇妙な符合を感じずにはいられないだろう。
「大和君の失踪は、山に棲む“何か”が関与しているのではないでしょうか。神隠し、特に山で起こるものは妖怪の類が関与している場合が多いんです。各地の山姥の伝承や東京の高尾山の天狗伝説、青森県の天狗岳や岐阜県の天狗山も同様に神隠しの伝説は各地に伝わっています。今回の事件の現場である北海道の山には、コロポックルというアイヌの伝承に登場する小人がいるといわれています。そんな人知を越えたものが大和君の失踪に関与して、最終的に自衛隊の宿舎に導いたと考えれば辻褄が合うのでは?」(怪奇事件に詳しいオカルト雑誌の編集者)
失踪事件で無事戻ってきた人が人知を越えた体験を語ったとしても、極限状態で見た幻覚と処理されてしまうだろう。さらに近年は、個人のプライバシーなどを尊重し、被害者自身の詳細な証言がその後、報道されることはほとんどない。そのため今回の事件の真相は、少年が単独で山を歩き、自衛隊宿舎で数日間寝泊まりした、ということに落ち着くはずだ。たとえそれがどんなに不自然だったとしても。
しかし、深い山には“何か”がいて人を惑わせ、時に失踪させてしまう。それは古来からの伝説や証言が示している事実なのだ。あなたも山に行くときはくれぐれも、そんな“何か”に魅入られてしまわないようにお気をつけあれ。