山岸さんは死の約2年2か月前から、東京で福島第一原発の作業員集めに従事。それは、復旧作業の元請けである大手ゼネコンから直請けしている土木系派遣会社を通じてのことだった。

「もともと主人は、この会社の社長のつてで人材斡旋の仕事をしていたんですが、人手不足から社長に口説かれ、自分自身も原発作業員になりました。死の約1年8か月前のことです」

 山岸さんは、どんな仕事に従事し、どうして亡くなったのだろうか。話好きの山岸さんは、よく電話やメールで現場の様子も語っていたという。そこから、原発作業員の過酷な労働の現状と、杜撰な雇用実態が見えてくる。

「当初は、建屋外の汚染水タンクをフォークリフトで運ぶ作業をしていたそうです。その後、原子炉建屋の中で、宇宙飛行士が着るような服を着て、かなり放射線量の高い場所の仕事にも携わっていたといいます」

 それほど危険と隣り合わせの仕事なら当然、作業時間にも制限があるはずだが、「そこでは放射線量の関係で20分作業して1時間休むべきところ、実際は作業2時間、休み1時間のサイクルでやらされていると言っていました。“現場が青白く見えるんだ”と電話してきたこともありました」

 この他にも作業現場では安全のために数々の規制が設けられているが、それを守っていたら作業が進まないと、規則破りが恒常化していたと思われる話も、いろいろ聞いたという。

 起床は午前3時半。1時間後には宿泊所の前に集合して現場へ出発。担当する場所によって異なるが、山岸さんが死の少し前までやっていた作業時間は、1日に作業6時間とミーティング2時間の計8時間。午後4時頃には宿舎に戻るが、翌朝が早いので午後8時頃には床に就いていたそうだ。帰京できるのは月に一度、3日だけだったという。

「主人は“肝臓が痛い”などと常々、体調不良を訴えていました。実は5月末に帰京した際、約20キロもやせ、歩行もままならない状態だったんです。当然、私は福島に戻るのを止めましたが、“自分は現場責任者だから休んでいられない”と行ってしまったんです」

 そうなると、当然ながら真っ先に気になるのは、山岸さんの死因だろう。ところが光子さんは、いまだにはっきりとした説明を受けていないという。

「主人は帰京時、毎日、作業終了時に計る放射能測定結果の紙を束ねて持ち帰っていたんですが、それを見ると、数値のほとんどがゼロだったんです。それに、遺体を引き取りに行った息子たちの話では、地元警察で解剖して放射能測定をした数値もゼロだったと説明を受けたというんです。いくらなんでも、そんなわけないでしょうと、葬儀の際に、派遣した会社の社長に問い質そうとしたんですが、不信感を抱いた息子と睨み合いになり、社長は線香の1本も上げず、“休日に亡くなったから労災は下りない!”と一方的に言い残して帰ってしまった。以来、互いに連絡を取っていない状況なんです」

 本誌が光子さんから見せてもらった山岸さんの「死体埋火葬許可証」の死因欄には「一類感染症等」と記されたところが消され「その他」となっていた。ちなみに、一類感染症とはエボラ出血熱、天然痘、ペストなど感染力や死亡率が極めて高い感染症を指す。光子さんによると、この他にも今回の山岸さんの死亡時の対応に関しては不可解な事実があるという。

「息子たちが警察から宿舎に戻ってくると、すでに主人の部屋は勝手に片づけられ、返してもらえたのは時計と携帯電話ぐらい。主人は几帳面な性格で、給与明細を束にして持っていたはずなんですが、その明細も放射線管理手帳も、戻ってきていません」

 亡くなった作業員の遺族としてみれば、こういった点に不信感を抱き、感情的になるのは当然のことだろう。実際、“隠蔽”とも思われるような事実は常に横行していたと、生前の山岸さんが証言していたという。

「たとえば熱中症で仲間が倒れた際、チームの仲間が倒れた者を大きな布で覆って隠し、作業が中断しないようにしていたそうです。また、救急車やドクターヘリで急病人が搬送されることもあったそうですが、その際、自分が福島第一原発で働いていることは絶対に伏せるように指導されていたそうなんです。主人も入社時、福島第一原発で働くことを部外者に口外しないように誓約書を書かされたと、漏らしていました」

 それだけではなく、これだけの作業に従事しているにもかかわらず、その雇用環境も決して好条件とは言えないものだった。

「主人の日当は2万1000円。でも、1万5000円前後の仲間も多く、自分はまだ恵まれているほうだと言っていました」 その他の収入としては、人手不足が慢性的なため、作業員が知り合いを紹介すると毎月、1万円程度の“紹介料”が入る仕組みになっているとの話もあった。

 だが、条件に関しては、この業者だけの話ではない。「2015年に除染作業員から福島県労連労働相談センターに寄せられた相談には、“賃金や残業代の未払い”“解雇・雇い止め”などのほか、“賃金明細をもらえない”“放射線管理手帳を返してくれない”といった訴えも多かったといいます。請け負った仕事の間に入るブローカーが後を絶たず、ピンハネなどの手口が悪質化するケースも多いようです」(前出の社会部記者)

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