『ノーベル賞』ボブ・ディラン、“反骨の詩人”の「破天荒伝説」

「今年こそ村上春樹か」と日本中が固唾を呑んだノーベル文学賞。だが、“ハルキスト”らの予想を裏切って授賞したのは、米シンガーソングライターのボブ・ディラン(75)だった。

 スウェーデン・アカデミーは「偉大な米国の歌の伝統の中で新たな詩的表現を創造した」と、授賞理由についてコメントしている。歌手が同賞を受賞するのは史上初とあって、賛否両論が噴出したが、オバマ米大統領は「私の大好きな詩人の一人、ボブ・ディラン、おめでとう」とツイート。ローリング・ストーンズのミック・ジャガーも「なんて功績だ!」と称賛するなど、多くの著名人がディランを祝福している。

 ミネソタ州出身のユダヤ系米国人であるディランは1962年のレコードデビュー以来、半世紀以上も精力的に活動を続けてきた。「名曲『風に吹かれて』などの彼の歌は、60年代の米国の公民権運動やベトナム反戦運動の象徴になりました」(音楽誌編集者)

 だが、プロテストソング(政治的抗議のメッセージを含む歌)の旗手扱いされることに飽き足らず、その後も貪欲に音楽的なスタイルを変えていった。しゃがれた声でぶっきらぼうに歌う姿は変わらないが、フォーク、ブルースに根差した初期のスタイルから、生ギターをエレキに持ち替えてのロック。さらにカントリーやゴスペルに傾倒していた時期もあった。

「ディランの新しさは、音楽にメッセージを盛り込んだことにある。それまで歌手と作詞・作曲家の完全な分業制だったアメリカの音楽業界に、彼は自らの詩で風穴を開けたんです」と解説するのは音楽評論家の富澤一誠氏。続けて、「そんなディランのフォロワーは世界中に生まれました。日本の岡林信康や吉田拓郎にも影響は顕著。メロディにメッセージが収まらない彼らの歌は“字余りソング”と呼ばれました」

 あのビートルズのジョン・レノンもディランの詩に熱狂した一人だった。

「渡米したジョンに、薬物を教えたのはディランだといわれています。個性の強い2人は後に反目。ディランはジョージ・ハリスンとの親交を深めることになりました」(音楽誌記者)

 75年に行った『ローリング・サンダー・レビュー』では顔を白塗りにして登場し、ファンを驚かせた。97年に心臓発作で倒れたときは「もうすぐエルヴィスに会えると本気で思った」と人を食った発言。親日家のディランは78年以来、今年を含めて8回も来日公演を行っているが、「近年はギターを持たず、ピアノを弾きながら歌ってます。彼ほどの大御所になるとヒット曲を並べるのが常ですが、ライブは新曲中心。代表曲もアレンジを変えているので、ちょっと聴いただけでは分からないほどです」(前出の編集者)

 ノーベル賞受賞決定後、沈黙を続けているが、過去にはグラミー賞やピュリッツアー賞を受け取っている。「賞をもらうのは嫌いじゃないので、沈黙はディラン流の演出かも。ああ見えて食えないジイサンですからね(笑)」(前出の富澤氏)

 代表曲『ライク・ア・ローリングストーン』のように、今も転がり続けているボブ・ディラン。ノーベル賞授賞式の12月10日、はたして姿を見せるのか。目が離せない

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