SMAP中居正広が「ジャニーズで一番」と絶賛するグループとはの画像
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 SMAP中居正広に、「ジャニーズで一番だったんじゃないか」と言わしめたグループ、光GENJIは、まさに一世を風靡し、数々の社会現象を起こした。1987年から光GENJIのバックダンサーになり、その偉大な後ろ姿を見てきたからこそ、中居の言葉には重みがある。

 SMAPが、中居、木村拓哉、草なぎ剛、稲垣吾郎、香取慎吾という現在のメンバーになるまでは、何度かメンバーチェンジが繰り返された。デビュー前に芸能界を引退した岩佐克次や、TOKIO国分太一、V6坂本昌行なども、一度はSMAPに参加していた。

 同じように、光GENJIにも幻のメンバーがいた。光GENJIのルーツは87年にジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長が、家出中の諸星和己をスカウトして、入寮させたことに始まる。直後に誕生したユニットが、「ライト・イン・シャドウ」だ。光GENJIの誕生について語られる際、よく「光」と「GENJI」の別ユニットが合体したといわれるが、実際には、ライト・イン・シャドウがスタートラインなのだ。

 初期メンバーは、諸星、佐藤寛之、佐藤敦啓(現在はアツヒロ)、引退した田代秀高の四人だった。グループ結成後すぐ、視聴者参加の歌合戦番組『サブロー・シローの歌え!ヤング大放送』(TBS系)のレギュラーメンバーになり、オープニングで初のオリジナルソング『今、君と歌いたい』を毎回、歌って踊った。昭和ジャニーズを象徴するような歌詞で、手がけたのは、後に多くのアイドルを育て上げることになる秋元康だった。しかし、この曲はソフト化されておらず、幻の音源といわれている。

 しかしライト・イン・シャドウの活動時期はほんのわずかで、その後、グループはGENJIに改名。田代が脱退し、山本淳一が加入する。さらに赤坂晃も加わり、光GENJIの年少組、GENJIメンバーがそろった。年長組の光は、内海光司と大沢樹生の二人。この二つのグループが合わさり光GENJIとなる。彼ら七人は、ローラースケートで滑りながら歌うスタイルで、文字どおり時代を疾走。88年には、オリコン年間シングルチャートの1~3位を独占し「日本レコード大賞」も受賞した。

 中居正広は、光GENJIの解散ライブを見に行ったそうだ。最後に光GENJIのメンバーたちが、脱いだローラースケートをステージの中央に置いたのを見て、寂しい気持ちになったと、以前テレビで語っている。そして今度は、先輩たちの背中を追いかけて国民的なアイドルグループとなったSMAPが解散する。きっと中居なら、今のファンの気持ちが分かるのではないだろうか。

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