草なぎ剛の大恩人? SMAPとジャニーズの大先輩「少年隊」との関係

 老若男女に愛される国民的アイドルグループとして一世を風靡し、間もなく解散しようとしているSMAP。その前身が、光GENJIのバックダンサーユニットであるスケートボーイズだったことは、ファンの間では有名だ。しかし、それよりさらに前には、錦織一清、植草克秀、東山紀之からなる少年隊とも関わりが深かった。

 オリジナルソングがまだ少ない頃、SMAPは先輩の曲をライブなどで歌っていた。少年隊のミュージカルアルバムに収録されていた『Baby Baby Baby』は特によく歌っていた曲だ。

 2007年に放送された『SMAP×SMAP元旦スペシャル!』(フジテレビ系)で、歌のコーナーのゲストに少年隊が来たとき、草なぎ剛は「少年隊がいなければ僕は今ここにいません」と語っている。彼は少年隊を見て、ジャニーズに入りたいと思うようになった。この番組が草なぎと少年隊三人との初共演。前日には、香取慎吾の腕をつかみながら「俺、明日、夢がかなうんだぜ。踊りながら、泣くかもしれない」と漏らしていたそうだ。

 香取は、合宿所で見た東山の姿が忘れられないという。まだ11歳だった香取が大きなリビングでファミコンをしていると、パンツ一丁の東山が入ってきて、香取を見ると「んっ」とうなずき、去っていった。その姿があまりに堂々としていてりりしく、カッコよかったので、はっきり覚えているのだとか。

 木村拓哉が覚えているのは錦織のことだ。初めて合宿所に行ったとき、扉を開けると、そこで錦織がシングル曲『ABC』のための衣装合わせをしていた。さらに木村は植草から「ビリヤードの勝負しようぜ!」と言われたこともある。当時リビングには、植草の私物だったという小さなビリヤード台があった。勝負の結果は木村の勝利だったが、先輩の植草はヘソを曲げてしまい「おまえ、どっか行けよ」と、怒られた。中居正広いわく、当時の植草は怒りっぽかったそうで、SMAPにとってはとても怖い先輩だったらしい。

 そんな中居と稲垣吾郎も、植草との思い出がある。ある日、植草が「メシに連れていってやる」と言って、愛車のポルシェに二人を乗せて出かけた。道中「なに食ってもいいから、好きなもん食え!」と何度も言われ、中居と稲垣はうれしくてテンションが上がっていたという。

 店に到着し、二人は憧れでもあった「サーロインステーキを食べたい」と言った。ところが植草は「ハンバーグを食え」としつこく何度も言ってくる。結局三人で“ヤングハンバーグ”を注文したのだとか。

 当時TOKIO城島茂が合宿所に住んでおり、稲垣は城島とともに先輩の出演番組をビデオに録画する係だった。ところが少年隊がシングル『まいったネ今夜』を披露した際の番組を撮り忘れてしまい、謝罪に行ったのを鮮明に覚えているそうだ。すべて30年も前の思い出である。

 まさか先輩の少年隊より、後輩のSMAPが先に解散の道を選んでしまうとは、当時誰も予想しなかっただろう。

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