附け打ち師・山崎徹「附け打ちの一番の魅力は、役者と一対一でやれるところ」舞台に生きる人間力の画像
附け打ち師・山崎徹「附け打ちの一番の魅力は、役者と一対一でやれるところ」舞台に生きる人間力の画像

 歌舞伎の「附(つ)け打ち」と言われても、何をしている人か分からない、と言う方も多いでしょうね。実際に舞台をご覧いただければ話は早いんですが、舞台上手(かみて)の端にある「附け場」で、役者の動きに合わせて、木を板に打ちつけて音を鳴らしているのが、附け打ちです。

 三味線や長唄、お囃子(はやし)などの「鳴り物」とは別ですよ。あちらが「BGM」だとしたら、こちらは「サウンド・エフェクト」でしょうか。使う道具は、附け木と附け板の2つ。劇場の中にいい音を響かせるためには、良い材質のものにちゃんと手入れをしなくちゃいけないんです。

 もともと附け打ちは、鬼や竜が登場する際、見物人を驚かせるために始めたようです。今では映画のクローズアップみたいに、役者の演技をより大きく見せたいときに、音をつけています。音の効果で「ここに注目して」と、補助をするんですよ。歌舞伎では、そこで役者の演技がスローモーションになって、見得が入るんです。

 この世界に入ったきっかけをよく聞かれるんですが、もともとはスタジオの音響さんになりたかったんですよ。それで、高松の音楽スタジオがある会社でバイトを始めたんですが、そこで、大道具など、舞台の裏方の仕事もするように。

 そんなときに、地元に歌舞伎の巡業が来て、大道具方の現地要員として手伝いに入ったんです。田舎だったので、歌舞伎が新鮮ですごく面白かったものですから、そのまま後半の巡業について行っちゃった(笑)。半月くらい、西日本を回ってました。

 こうして、「本気出して裏方の仕事をやってみようか」と思い、東京に引っ越して、大道具方として働くようになりました。附けをやろうと思ったのは、その後、金毘羅(こんぴら)歌舞伎(※1)に大道具として行ったときです。

 それまでは、附けの面白さはあんまり分かりませんでした。でも、金丸座はああいう芝居小屋ですから、附けの音やお囃子の音がとてもきれいに響くんです。感動のあまり、そのときに附けを打ってた人に自分から話しかけたら、「やってみないか」と誘われたんですよ。

 当時、附け打ちは大道具方の仕事のひとつで、その人も大道具の転換や建て込みをしながら、必要な場面になると附け場に出ていたんです。でも、昔のことを調べてみたら、昭和30年代くらいまでは、附け打ち専門の人がいたようなんですよね。六代目の中村歌右衛門(※2)さん付きや、高麗屋(※3)さん付きとか、いろいろいらっしゃったみたいで。

※1 金毘羅歌舞伎=金毘羅神社(香川県・琴平町)の門前町にある「金丸座」で年に一度、約1か月行われる興行。なお、金丸座は現存する日本最古の芝居小屋で、国の重要文化財指定を受けている。
※2 六代目の中村歌右衛門=戦後の女形の最高峰と言われた歌舞伎役者。屋号は成駒屋。1917~2001年。
※3 高麗屋=松本白鸚、松本幸四郎、市川染五郎らの一門の屋号

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