北方謙三(作家)「遊びは徹底的にやらなければつまらない」旅する人間力の画像
北方謙三(作家)「遊びは徹底的にやらなければつまらない」旅する人間力の画像

 小説家は生きていることすべてが仕事だと私は考えています。人生のすべてが、創作に活きるわけですから。だから、人生のどこまでが仕事で、どこまでが遊びなのか、自分でも分からなくなるんですよ(笑)。

 私にとって、旅は純粋な遊びのひとつです。放浪したい――心のどこかでいつもそう思っているのですが、不思議なことに忙しければ忙しいほど、その欲求が高くなるんです。かつては月に1冊以上のペースで本を書いていた時期がありました。

 あまりのスピードに周囲の人たちは“月刊北方”なんて呼んでいたほど。けれど、旅の時間を作るため、実際は9か月で12冊という月刊以上のペースでした。

 遊びは徹底的にやらなければつまらない。以前は、仲間たちと部屋の壁に貼った世界地図にダーツを投げて行き先を決めるなんて遊びもしていました。ルールは刺さった場所には絶対に行くこと。ただひとつだけ例外があり、北極と南極に刺さった場合はもう一度投げるんです。

 ダーツの旅は、アルゼンチン、北アフリカ、キューバ、ブラジル、グアテマラの5回だったかな。私の旅の流儀は、線で移動すること。飛行機で目的地に下りる点の移動じゃなくて、自分でクルマを運転して、点と点を結んでいく。もちろん事前に調べて危険なエリアには近づきませんが、それでも危ない目に遭ったことは何度もあります。

 あれは10年前に旅したモロッコ。サハラ砂漠をプジョーの405で走っていると、岩陰から男たちが出てきました。安全だと聞いていたので“オウ!”なんて呑気に声をかけたら、いきなり銃を突き付けられた。パスポートだけじゃなくて、小銭まで持っていかれてしまったんです。

 しかも15人ほどの男たちが、プジョー405にムリヤリ乗り込んで走り去るのを呆然と見送るしかなかった。乗用車にそんなにたくさんの人間が乗れるのかって(笑)。

 彼らは、ポリサリオ解放戦線という西サハラで独立を目指す貧乏ゲリラだったらしい。仕方がないから通り過ぎた村を目指し、1人でとぼとぼと轍を辿って引き返しました。やっとのことで村に戻ると「どうしたんだ?」と水を分けてくれて、あろうことか銭を恵んでくれたんです。イスラム教の国では、富む者が貧しい者に施すという習慣があります。

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