佐藤天彦(第74期名人)「将棋には勝ち負けじゃない魅力がある」気持ちを整える人間力の画像
佐藤天彦(第74期名人)「将棋には勝ち負けじゃない魅力がある」気持ちを整える人間力の画像

 昨年の4、5月の名人戦で羽生善治さんの王様を詰ますことができたときは、信じられない気持ちでした。もちろん、名人になりたいとは思っていたんですが、気負いがマイナスになるとも思っていたので、極力、自然体で指そうと思っていました。

 それに、性格的な部分も大きいんですが、あまり緊張しませんでしたね。名人戦は大きな舞台ではあると思うんですが、それを運営したり支えたりしているのは、一人一人の人なんですよね。

 名人戦というイベントにいろんな役割を持った人が参加しているわけで、挑戦者として特別な存在というより、その中で対局者としての役割を果たすという思いで指していました。自分ができる以上のことはできませんからね。

 ただ、不安がよぎる瞬間はもちろんありましたよ。2日制なので、2日目のお昼過ぎくらいから解説会があるんです。見る側からしたら、当たり前のように、その時間はまだやっていると思うんでしょうが、やっている側からすると、それまでもたずに、負けちゃうんじゃないかとか。ただ、午前中にそう思っていたら、次の瞬間に夕方くらいになっていたりしますけどね。

 対局中の時間の感覚ってちょっと変なんですよ。対局中は長い時間、戦っていますから、いろんな気持ちになるんです。一番危険なのが、自分の指し手を後悔する気持ち。将棋に対するモチベーションも集中力も落ちてしまうので。

 そのときに、切り替える力っていうのが大事で、それも実力の一部なのかなと思っています。将棋をやっていると、何回も負けますからね。それを引きずらない方法を、システム化することが大事だなと思います。

 勝ち負けにこだわりすぎないようにすることも必要なのかなと思います。もちろん将棋をやる上で、勝ち負けが一番大事なことだとは思うんですが、それだけだと、負けたときに何も残らなくなってしまう。将棋には、勝ち負けじゃない魅力があると思うんですよね。2人が真剣にぶつかったからこそ、人為的なものでは決してない棋譜ができあがるんですよ。それも魅力のひとつだと思いますね。

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