千秋楽、結び前の稀勢の里戦。1敗の照ノ富士が勝てば、この時点で照ノ富士の2度目の優勝が決まる。「(肩を負傷している)稀勢の里の優勝は、ほぼないだろう」――ファンはもとより、解説者もそう予想しての立ち合い。左に“変化”して突き落としを見せる稀勢の里に対し、こらえる照ノ富士が攻めていくと、稀勢の里の右からの突き落としが決まる。この瞬間、館内は異様な空気に包まれた。稀勢の里への大声援が飛ぶ中、続いて行われた優勝決定戦は、3秒余りの相撲で決着。小手投げで土俵に沈んだ照ノ富士は、人生最大のアウェイ感を味わうことになった。

 忘れられないシーンがある。平成13年夏場所の貴乃花-武蔵丸の横綱同士の優勝決定戦だ。ひざの負傷を押して出場した貴乃花の「復活V」に、観客が酔いしれる一方で、敗者となった武蔵丸が、淡々とした表情で引き揚げる姿である。

――千秋楽での館内の声(「モンゴルへ帰れ!」「そこまでして勝ちたいのか?」など)は、大関の耳に聞こえていたのでしょうか?

照 千秋楽以来、ずっとずっと(メディアから)聞かれているんだけど、これは話したほうがいいのかな?(沈黙後)……本当は聞こえていましたよ。自分だって人間ですからね……。

――相撲も取りづらかったでしょうね。しかも、体調も万全ではなかった。

照 13日目(の鶴竜戦で)、古傷を痛めてしまったのは自分の責任ですし、そういうことを人前で言うべきじゃないと思っていました。これまでも、そうしてきたつもりです。だからこその「肉体改造」なんです。

――なるほど。そう考える転機はあったのですか?

照 大関2場所目(平成27年秋場所)の稀勢の里戦で、右ひざをケガしてからなんです。それまでは、「どういう相撲を取っても俺は勝てる」みたいな意識があって、自分は右四つが得意なんですが、相手が左四つなら左四つでも気にしなかった。行司さんの軍配が「ハッケよい!」と返ったら、体と稽古量を信じて、勢いで相撲を取っていたんですね。でも、「それじゃあ、ダメなんだ」と、初めて気づきました。ケガを含めて、自分の相撲に責任を持たないといけない……と。

 だから春場所、稀勢の里関がウチ(伊勢ケ濱部屋)の横綱(日馬富士)との相撲で(13日目)肩を打ちつけて「ケガをさせられた」なんて言われているようですが、横綱も「相手をケガさせよう」なんて思っているわけじゃないし、一番一番、一生懸命相撲を取っている結果だと思うんです。

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