横綱を地位と明文化したのは、国技館がオープンする明治42年のこと。ところが、横綱が称号だった時代の名残りで降格の基準が設けられなかったのだ。相撲界の「最高位」である横綱も、歴史を振り返ると微妙な存在だったことが分かる。と同時に、もともと神事だったといわれる相撲だけに、奇妙な風習が残る。『おすもうさん』(草思社刊)の著者であるノンフィクション作家の高橋秀実氏は次のように語る。

「相撲は謎だらけ。まわしは直につけなければなりませんし、基本的に洗ってもいけないものだと言うんです。取材のため、新弟子に交じって相撲教習所に体験入門した際、海パンの上にはこうと思ったら、もちろんダメ。渡されたまわしは使い古されているようで、締める際にはさすがに躊躇しました(笑)」

 そのまわしは、広げると幅約80センチ。長さはおよそ9メートルにも及ぶ。「もちろん、1人でつけられませんから、2人で“締めっこ”するわけです。しかも、僕のような一般的な体型の人がつけると、体が浮き上がる感じで、四股を踏むのさえ大変なこと。やっぱり、いわゆるお相撲さんの体型じゃないと、安定しないようにできているんですよ」(同)

 まわし一つ取ってみても、この調子。「相撲部屋で取材すると、より不思議な感じは強まります。お相撲さんは早朝6時に稽古を始め、昼にチャンコを食べ、その後、3時間昼寝をします。そして、おもむろに起きだして部屋の掃除などをすませ、夜7時頃にまたチャンコを食べて寝る。“チャンコと寝る”の繰り返しなんです。昼のチャンコは鍋中心ですが、夜のチャンコはカレーライスが多い。つまり、食事のことをチャンコと呼ぶわけです」(同)

 チャンコ鍋だけがチャンコではないのだ。一説によると、チャンコの由来は、ちゃん(父)と子。つまり親方と弟子で食事をするという意味だという。

「相撲の取組には東方と西方があり、国技館をはじめ、地方場所でも会場に東西南北の方角が印字してあるでしょう。ところが、国技館の東方は、実は北側にあって向きが違っているんです」(同)

 これまた不思議な話だ。その理由は、玄関のある方角が「正面」、その反対が「向正面」、正面から見て右が「西」、左が「東」と決まっているからだ。「東西の向きに合わせて会場を作ればいいんですが、正面は道路に面していなければなりません。正面を起点に方角を定めているため、建築上の理由で、そういう不思議が起こるんですよ」(同)

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