同年代の作家は、それぞれのテーマに従って作品を書いていた。たとえば、中上健次は被差別部落出身、つかこうへいは在日韓国人という自身のルーツがテーマだった。でも、ぼくには決まったテーマはない。そう考えていたのだが、最近になってぼくの原動力は好奇心だったんじゃないかと改めて思うようになった。

 振り返ると好奇心の赴くままに旅をしてきた。はじめての1人旅は伊豆七島の大島。あの島にはどんな人が住んでいるんだろう――小学6年生のぼくは、そんな好奇心に突き動かされて旅に出た。

 もう1つ、作家としての原点という意味で大きかったのは、愛犬との別れ。父の高野三郎が突然小説家になると宣言し、大阪で米問屋を営んでいた家を捨て、東京に出ていくことになった。当時3歳だったぼくも母と姉とともに上京したが、飼っていた柴犬は連れて行けなかった。まるでボディガードのようにぼくのあとを付いてくるような犬だった。

 東京へ向かう日。汽車に乗り込むと、鎖を引きちぎった柴犬がプラットフォームに駆け込んできた。ゆっくりと汽車が動き出したので、ぼくは窓から手を伸ばした。けれど、届かない。駅員に手旗でひっぱたかれながらも犬は走り続けた。やがて汽車がスピードを上げて、よろけた犬の姿が見えなくなってしまった。

 幼いころの記憶だが、姉の泣き声や、父のなんとも言えない表情とともに不思議と鮮明に残っている。いまぼくの作品に活かされているのは、そんな1つ1つの思い出です。

撮影/弦巻 勝

高橋三千綱 たかはし・みちつな
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学中退後、新聞記者として勤務しながら、執筆活動を開始。74年に、『退屈しのぎ』で群像新人文学賞を受賞。78年、『九月の空』で芥川賞を受賞し、一躍脚光を浴びる。青春小説や、時代小説のほか、ゴルフに関する著作も多数。

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