「烏天狗」は神様か妖怪か!? その謎と歴史に迫ってみたの画像
「烏天狗」は神様か妖怪か!? その謎と歴史に迫ってみたの画像

 日本各地に伝説が残る「烏天狗(からすてんぐ)」は鴉天狗とも記される、何とも不思議な存在である。その知名度はかなり高く、東野圭吾(59)の小説が原作で福山雅治(48)が主演を務めた人気ドラマ『ガリレオ』(フジテレビ系)シリーズではミステリー要素として出演を果たしている。鹿児島の酒蔵ではレアな芋焼酎『烏天狗』(さつま無双株式会社)を造っているし、和歌山には『烏天狗』という名を冠した有名なよさこいチームが存在する。アニメ『妖怪ウォッチ』(テレビ東京系)には遠藤綾(37)が声優を務めるキャラクター「烏天狗」が登場するし、妖怪だらけのカードゲーム『あやかし百鬼夜行』にも当然のように参加している。

 烏天狗は現代でも高い人気を誇るキャラクターだが、その実態については謎が多いのだ。

◼伝説上の烏天狗とは?

 そもそも烏天狗とは一体何なのだろうか? 伝説上の烏天狗は山伏装束をしており、まるで猛禽類のようなくちばしを持っている。また背中に豊かな羽が生えており、自由自在に空を飛ぶことができるとされている。さらに剣術に秀でており、鞍馬山の烏天狗は、五条大橋で弁慶と戦った牛若丸に剣を伝授したともいわれている。なお、名前が紛らわしいのだが、黒くてカーカー鳴くカラスと烏天狗の間に関連性はない。

◼烏天狗のミイラが和歌山にある!?

 烏天狗は伝説上の生き物だが、和歌山県に鳥天狗のミイラが現存している。烏天狗のミイラとされているのは『生身迦樓羅王尊像(しょうじんかるらおうそんぞう)』(和歌山県御坊市所蔵)である。かつて修験道の山伏たちが厨子に入れられたこのミイラを担いで諸国を巡り、ご利益を説いて回ったといわれている。しかし2007年に行われたCTスキャン検査の結果、残念ながら烏天狗ではなくトンビの骨と粘土で作られた人工物であることが判明した。

◼迦楼羅天(かるらてん)が烏天狗のルーツ?

 学者の南方熊楠(1867-1941)が提唱したものに「烏天狗=迦楼羅天(かるらてん)」説がある。烏天狗のモデルは仏法の守護神である迦楼羅天ではないか、とするものである。

●迦楼羅天の特徴

 迦楼羅天はインド神話に登場する、炎のように光り輝く神鳥ガルダを前身とし、仏法を守護する八部衆の一員である。迦楼羅天の最大の特徴はその姿にある。身体は人間だが頭部は鳥のようで、全体的には巨大な鳥のように見える。そして赤い翼を持ち、口から金の火を吹く。手は2本か4本で横笛を吹くことがあり、いつも龍や毒蛇を食べている。また那羅延天(ならえんてん)の乗り物になることもある。日本で最も有名な迦楼羅像は、奈良時代に制作されたと考えられている。

◼いわゆる「天狗」と「烏天狗」の違いは?

「烏天狗」と、「天狗」はどう違うのだろうか? 現代における一般的な天狗といえば、山伏姿で烏帽子を被り、赤い顔に高い鼻、というイメージだが、このいわゆる「鼻高天狗」(はなたかてんぐ)は中世以降についたイメージである。鼻高天狗は大天狗とも呼ばれ、羽団扇に一本歯の下駄がトレードマークだ。しかしそれ以前は、天狗といえば小天狗とも呼ばれる烏天狗のイメージのほうが一般的だった。烏天狗の特徴は前述した通りだが、顔が青や緑色をしていると言われ、青天狗や木の葉天狗といった別名も持っている。おおまかにいえば、平安時代までが烏天狗、それ以降が鼻高天狗と考えていいだろう。

●天狗面のルーツは伎楽面?

 鼻高天狗のイメージは一体どこからやって来たのだろう? 一説には、鼻高天狗のルーツは伎楽面(ぎがくめん)ではないかといわれている。伎楽面とは、飛鳥時代に中国から伝来した仮面舞踏劇、伎楽で使われた仮面のこと。なかでも「治道」という種類の伎楽面は、鼻が高く赤ら顔をした鼻高天狗と非常によく似ている。伎楽面は西洋人の顔立ちに影響を受けて作られたものが多いとされているため、鼻が高いのはそのせいかもしれない。

●天狗は堕落した僧侶が化けて出た姿!?

 堕落した僧侶が天狗になるという話もある。高い鼻は“慢心の権化”とされ、修行を積んだが道を踏み外してしまった僧侶が死んだ後に天狗に化けて出る、という逸話が各地に残っている。この天狗は、僧侶の修行を邪魔する存在として、しばしば描かれる。調子に乗っている様子を表す「天狗になる」という言葉は、今でも日本全国で通じるフレーズだろう。

 さらに、源頼朝が後白河天皇のことを「日本国第一の大天狗」と言い放ったエピソードも有名である。後白河天皇は平安時代末期の天皇で、源平の争いで平清盛や源頼朝と渡り合ったことで知られている。この場合の大天狗には、暗に権謀に長けた悪者だという意味が込められている。

●猿田彦(サルタヒコ)=天狗説

 日本神話の中にも烏天狗のルーツではないかとされている神様がいる。猿田彦は天孫降臨のときに天照大神(あまてらすおおみかみ)につかわされたニニギノミコトの案内役を務めた国津神(くにつかみ)だが、天狗と同一視されることが多い。というのも、猿田彦と天狗の見た目がとても似ているからである。猿田彦は背が高くて鼻が長いという記述があるため、お祭りなどで猿田彦に扮装する際は天狗の面が使われるのが一般的になっている。

◼烏天狗の像が見られる神社仏閣

 日本全国各地に烏天狗の像を祀った神社仏閣がある。なかでも代表的な神社仏閣が以下だ。

●法相宗の大本山 興福寺

(奈良県奈良市登大路町)
 国宝で重要文化財に指定されている迦楼羅像がある。奈良時代に制作され、高さは149cmと小柄だ。

●曹洞宗の大雄山 最乗寺

(神奈川県南足柄市大雄町)
 開山の際に寺を守るために天狗に変身した僧がいるという伝説があるため、天狗には縁がある。境内には大天狗、小天狗の像のほか、各門に天狗像が祀られている。また天狗の履物である世界一巨大な高下駄や天狗の小径もある。

●臨済宗建長寺派の大本山 建長寺

(神奈川県鎌倉市山ノ内)
 最奥にある半僧坊に至る石段には、ずらりと大小さまざまな天狗像が並んでいる。鼻高天狗もいれば烏天狗もおり、そのポーズも多様だ。半僧坊に祀られている半僧坊大権現も、強大な神通力を持つ天狗とされている。

●真言宗智山派の大本山 高尾山薬王院

(東京都八王子市高尾町)
 高尾山薬王院では、飯縄大権現を本尊とし、天狗はご本尊を護衛する従者の役割を果たしているという。境内に大天狗像や烏天狗像があるほか、多くの天狗伝説が残っており、公式HPにも天狗の解説が掲載されている。なお、飯縄大権現とは山岳信仰が発祥と考えられる神仏習合の神で、その姿は烏天狗そのもの。多くの場合は白狐に乗った姿で描かれる。

◼日本各地で伝えられている烏天狗の伝説

 天狗伝説は日本各地に伝えられている。「天狗に出会った人間が驚いて逃げ帰る」「天狗と相撲をとる」「天狗を怒らせて木に吊るされる」といったストーリーが典型的である。また「言うことを聞かないと天狗がさらいに来るよ」といった子どもへの諭し言葉の類いも多い。ここでは少し変わった伝説を紹介しよう。

●東京都・烏天狗の伝説

 まだ寺までの参道が整備されていなかったときのこと。天狗たちが集まって相談した結果、神通力を使って道を作ってしまうことにした。しかし道が出来上がる寸前で、四方に根を広げた大きな一本杉のせいで計画が頓挫してしまった。天狗たちは「わしらの神通力をもってしても効果が無くて攻略できそうもないから、いっそのことあの杉を切ってしまおうか…」と困り果てた。その話を聞いた一本杉は「切り倒されてはかなわない」と、一晩で身体を小さくすぼめた上に邪魔にならないよう根も移動した。その様子がまるでタコのようだったことから、この一本杉は”たこ杉”と呼ばれるようになった。

●神奈川県・烏天狗の伝説

 きこりが大山で木を切っていたら天狗が出現した。きこりが(これが噂の大山天狗か。見るのは初めてだな。生け捕りにして持って帰れないもんかなぁ……)などと良からぬことを考えながら仕事を続けていると、天狗が「おまえは、今わしを生け捕りにしようと思っておるだろう」と言った。そればかりか、天狗はきこりが心の中で考えていた他のこともすぐに言い当てた。驚いたきこりは、その後は無心で作業を続けた。その様子を近くで面白そうに見物していた天狗だったが、木っ端が飛んで自慢の鼻に当たってしまった。すると今度は天狗のほうが驚いてしまい、「人間は心の中で考えないこともやるもんだな」と言って逃げていったという。

●愛媛県・烏天狗の伝説

 村の男が子どもと一緒に石鎚山に登ったが、子どもだけが行方不明になってしまった。しかし男が村に帰ってみると、不思議なことに子どもは先に帰っていた。子どもに聞いてみると「山で迷っていたら、真っ黒い顔した大男が現れて“家まで送ってやる”って言われたんだ。恐ろしくて目をつぶったんだけど、次の瞬間には一人で裏庭に立っていたよ」と話したという。どうやら烏天狗が連れ帰ってくれたようだ。

◼天狗の正体とは?

 さまざまなイメージで語られる、天狗。その正体とは、いったい何なのだろうか? 諸説が入り乱れているのが実情だが、大きく以下の3つに分けることができる。

●天狗は「神様」説

 天狗は古来から神格化されてきたが、神として信仰されている天狗には大抵名前がついている。八大天狗として有名なのは、愛宕山太郎坊(あたごさんたろうぼう)、比良山次郎坊(ひらさんじろうぼう)、飯綱三郎(いづなさぶろう)、鞍馬山僧正坊(くらまやまそうじょうぼう)、相模大山伯耆坊(さがみだいせんほうきぼう)、彦山豊前坊(ひこさんぶぜんぼう)、大峰山前鬼坊(おおみねさんぜんきぼう)、白峰相模坊( しらみねさがみぼう)である。

●天狗は「妖怪」説

 天狗は悪巧み好きな妖怪であるという認識も一般的だ。特に山間部では人知を超えた現象が起こると”天狗の仕業”だとされることが多く、天狗は山という異界と平地を行き来する特別な存在とされている。平安時代には僧侶や貴族をたぶらかし、京の都を騒がせるやっかい者として描かれた。

●天狗は「元人間」説

 天狗は人間であるという説もある。この説には山々を渡り歩いて厳しい修行をする修験道と、その修行者である山伏が関係している。天狗は山伏と同じような格好と装備をしていることが多い。そのため天狗が山伏の姿を借りているという話がある一方で、山伏が山中を歩き回る姿が天狗のイメージに重なったという説もある。また修行を極めた山伏が自分の霊力と山の霊気を合わせることで神通力を体得してレベルを上げ、最終的に神から評価されて天狗のステータスを授かったという話もあれば、山伏が死後に天狗になったという話まである。

 一部の仏教では、迷いのあるものが輪廻する六道のほかに、「ひたすら知識だけを求めて精神的な修行を一切行わない者」が落ちる世界を「天狗道」と考えていた。極楽にも地獄にも行けない僧が、天狗になるという説もある。

◼まとめ

 神様か妖怪かも分からない「烏天狗」及び「天狗」の謎に迫ってみたが、いかがだっただろうか? 鬼、河童と並ぶ日本三大妖怪の一つといわれながらも、伝説のなかでは大悪事を働くわけではなく、いたずら好きで親しみやすいキャラクターに描かれることが多い。どこか人間臭さを漂わせているところが、「天狗」人気の理由なのかもしれない。

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