公益財団法人・野球殿堂博物館が発表した「平成30年野球殿堂入り競技者表彰候補者」の中にタフィー・ローズ、アレックス・カブレラ(プレーヤー表彰)、ランディ・バース(エキスパート表彰)と3人の外国人選手の名前があった。これまで「特別」「競技者」合わせて197人が野球殿堂入りを果たしているが、メジャーであれマイナーであれ、米国でプレーした後に来日し、殿堂入りした選手は日系人のウォーリー与那嶺を除いてひとりもいない。

■阪神で掛布雅之、岡田彰布とクリーンアップを形成したバース

 とりわけ私が注目するのが阪神で5シーズンにわたってプレーしたバースである。彼をして「史上最強の助っ人」と呼ぶ者は少なくない。阪神時代の通算打率3割3分7厘、202本塁打、486打点。85、86年には連続で三冠王に輝いている。21年ぶりのリーグ優勝を達成した85年には掛布雅之、岡田彰布とクリーンアップを形成。巨人・槙原寛己から放った甲子園での“バックスクリーン3連発”は、マウンド上でガクッとヒザを折る槙原のポーズとともに今も語り草だ。プロ野球の昭和史を飾る名シーンのひとつといってもいい。

「あれほど頭のいい外国人選手は見たことがない」 いつだったかバースを評して掛布はそう語っていた。「エース級の配球は、ほとんど覚えていた。浜風に打球を乗せる技術も年々、進化していった。来日当初は、あそこまでレフトへの打球は伸びなかった」

 気の毒だったのは退団に至る際の球団との対立である。長男のザックさんが水頭症を患い、プレーに専念できなくなった。帰国のための運賃や家族の治療費を巡ってもめ、球団史上初の日本一の功労者ながら最後は解雇を余儀なくされた。

■東京ドームでの「サントリードリームマッチ」で一番声援が多い

 阪神のユニホームを脱いで、もう29年たつが、虎党のみならず日本のプロ野球ファンからの人気は今なお高い。東京ドームでの年に一度の「サントリードリームマッチ」で一番、声援が多いのもバースである。

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