■薬物は“恋人”、別れるには…

 やめられないと言えることが克服への道とは、どういうことなのか。実際の薬物依存症治療について、日本ダルクの近藤恒夫代表に話を聞いてみた。自らも薬物依存で苦しんだ経験を持つ近藤氏は、同じような人たちがどのように薬物依存と向き合うべきか、30年以上にわたって取り組んできた人物だ。「薬物は“恋人”なんですよ。恋人と別れると寂しいでしょう? それと一緒。引き離そうとすればするほど燃え上がるものなんです」

 では、その“恋人”を忘れるためには、どうすればよいのか。「恋人に代わる人間関係を築けるようにならなくてはいけない。だから我々は、“ミーティング”と呼ぶグループセラピーを基本とした治療を行っています」

 田代氏も、これによって依存症から回復への一歩を踏み出せたのだそうだ。この“ミーティング”は、1日に3回、10人前後の人が集まって一人ずつ話をする。「薬物をやめられたという話じゃないですよ。その日の自分の正直な気持ちを話すんです。最初は、自分はセラピーを受ける他の人たちとは違うと思っている人も、ミーティングを重ねていくうちに皆、同じ気持ちだと気づくようになる」

 ここでのポイントは、未来の話をしないことなのだそうだ。「先のことは分からないんだから、言わないほうがいい。するのは過去の話です。どうしてクスリを始めて、何があって、ここに来ているのか。それを話せるようになるまでに1年はかかりますね。最初は皆、やめると言います。でも、やめられないから、ここに来ている。“ジャスト・フォー・トゥデイ”というんですが、一日だけやめてみようと考えるんです。自分の思い通りにならない日を、今日一日だけを受け入れようと」

 長いスパンでやめようとすると絶対に続かない。でも一日だけなら我慢できる。その繰り返しなのだという。「依存症の最大の敵は“孤立”です。人と関わりを持つことで、寂しいと思う心の隙間を埋めないと、また必ずクスリに溺れてしまう。我々は、そうならないための環境を、いつでも整えているんです。つまり、クスリを絶つには、周囲の理解と支えが必要なんですよ。法律で薬物を取り締まるだけでは、なんの解決にもならない。刑務所に入ったところで、出所したとき、何をしていいか分からなくなったら、待っているのは孤独と不安です。それにとらわれたら、またすぐに逆戻りしてしまいますから」

 薬物は犯罪だ。孤独で寂しくても、それに手を出さない人はいくらでもいる。ただ、それは薬物に出会わなかったことが幸運なだけなのだと、近藤氏は言う。

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