~東電OL殺人事件~冤罪が起きた裏事情とは!?
事件現場となった木造アパート(写真・谷口雅彦)

 2017年11月、ゴビンダ・プラサド・マイナリさん(51)が来日し、冤罪(えんざい)事件を繰り返さないために何が必要かを考える「くり返すな冤罪! 市民集会」に参加した。ゴビンダさんといえば、「東電OL殺人事件」の冤罪被害者。1997年に強盗殺人の容疑で逮捕されて一審で無罪となるも、二審で無期懲役となり、確定。だが、後の再審により、事件から15年の時を経て無罪が確定したという冤罪事件だ。

 なぜ、このような冤罪が起きてしまったのか。改めて事件を振り返り、冤罪が起きる“からくり”について検証していきたい。

 この事件は、平日の昼は東京電力に勤務するエリートOL、平日の夜と休日はストリートガールという2つの顔を持っていた女性が、東京・渋谷にあるアパートの空き部屋で遺体となって発見された事件である。その容疑者として逮捕されたのは、現場アパートの隣のビルに住む、当時30歳のネパール人、ゴビンダ・プラサド・マイナリさんだった。

 ゴビンダさんは、この部屋を借りることを検討していたために、事件が起きる直前まで、その鍵をオーナーから預かっていた。それが、容疑者としてリストアップされる大きな要因だったと、警視庁の元刑事で犯罪学者の北芝健氏は言う。

「しかし、この捜査にはバイアスがかかっていたように思います。彼がオーバーステイの不法就労者だったために、警察は最初から、彼が怪しいという偏見を持って捜査に臨んでいたのではないでしょうか。一方のゴビンダさんも、同居する不法就労のネパール人仲間に迷惑をかけまいと、任意同行の際に不自然な供述や嘘の供述をし、ますます怪しまれていった。その“負のスパイラル”が誤認逮捕に至った原因の一つです」(北芝氏=以下同)

 たとえば、ゴビンダさんは以前、被害者の女性と以前にその部屋で金銭をともなった性交渉をしたことがあったのだが、任意聴取の段階では、彼女のことを「知らない」と供述していたことなどだ。

 そして、事件現場のトイレから発見された使用済みの避妊具に付着した体液や、遺体付近に落ちていた体毛のDNAが、ゴビンダさんのものと一致すると、警察は「ゴビンダ逮捕」に向けて、なりふりかまわぬ行動に出る。

 取調べの際のゴビンダさんへの暴行と自白強要をはじめ、彼と同居していたネパール人、特に、「ゴビンダさんから事件前にアパートの鍵を預かってオーナーに返却した」と供述した人物と、被害者死亡推定時刻のゴビンダさんのアリバイを証言した人物にも暴行を加え、嘘の供述書にサインをさせたのだ。

「部屋の鍵を持っていたゴビンダさんは、この部屋で性交渉を行っていた。残されていた痕跡は、そのときのものだったんです。DNAまで見つかって逮捕できないとあっては警察の恥とでも思ったんでしょうが、これは許されない。あまりにもひどい所業ですね。でも、こうした事例は少なくないんですよ。警察は、なんとしてでも犯人を逮捕しなければいけないし、逮捕したら48時間以内に送検して、その後24時間以内に拘留決定をしなければいけない。そこに一種の焦りが生じるんです。そして、送検された先の検察も、なんとか起訴して有罪に持ち込まなくてはという使命感に追われる。そのため検察は、不都合が発生した場合でも、“有罪へのシナリオ”の引き直しをします。そして、そのシナリオに合う材料(証拠)は、どんな手段を使ってでも警察に再度集めさる一方、シナリオにそぐわない証拠は封印する。裁判までに、そんな“フィギュア作り”が行われることも、しばしば起きているんです」

 実際に、この事件でも、取調べ時の暴行や脅迫だけでなく、避妊具の体液が事件より前のものである可能性や、現場にはゴビンダさんのDNAと異なる体毛が多数落ちていたこと、被害者の胸に第三者の唾液がついていたことなどが、裁判では伏せられていた。つまり、「証拠隠し」が行われていたのだ。

 だが、それでも証拠不十分として、一審ではゴビンダさんに無罪判決が下る。しかし、「冤罪へのシナリオ」は、そこで終わらなかった。検察側の控訴によって行われた二審では、一転して無期懲役の判決が下り、上告も棄却されて刑が確定するのだ。

「法曹界には“判検交流”という人事制度があって、裁判官が検事になったり、検事が裁判官になったりということがよくあるんです。本来の目的は、客観的な判断力を養うために両方を経験するということなんです。でも、その弊害とでも言いましょうか、判決が検察側におもねる傾向が少なからずある。事実、この裁判では少し妙な流れがありました。一審で無罪判決が出た場合、普通なら不法滞在者のゴビンダさんは強制帰国になるはずなんですが、逃亡の恐れがあるとして検察が裁判所に勾留の要請をしたところ、なんと最高裁がこれを認めたんです。そして二審で待ち構えていた東京高裁の裁判長は、その4年前に足利事件(註1)の控訴を棄却した人物。まるで逆転有罪を期待しているかのような展開でした。ちなみに、一審で無罪判決を下した裁判長は、その直後に八王子支部へ異動して、その後、地方の裁判所を転々とした後に、東京へ戻ることなく依願退職しています」

 これだけ冤罪の可能性が高かった事件であるにもかかわらず、公平の立場でなければならない裁判所が有罪にこだわった理由は何か。

「一つは、司法機関としてのプライドと危機感でしょうね。外国人の冤罪なんて、国際問題になりかねない事態ですから。そして、もう一つが、これも判検交流の弊害のような気がするんですが、検察官の“将来”のためです。検察官が検事を退職すると、大企業の顧問弁護士や財団法人の理事になるケースが多い。いわゆる“ヤメ検弁護士”ってやつです。そういった名誉職を得るためには、冤罪を出して経歴に傷がつくと、都合が悪いんですよ。要は、すべて“面子と保身”のためだってことです」

 不幸中の幸いと言うべきか、後に弁護側の再審請求が認められ、2012年にゴビンダさんの無罪が確定したが、司法の面子と保身のために失われた彼の15年間が戻ることはない。

「警察も検察も、そして裁判所も、それぞれの立場から、罪を裁くという正義感の下に職務を遂行したことは事実です。ただ、その正義感が歪んだ方向に向かうことがある。そして、どこかで一度ボタンをかけ違うと、元に戻すのは非常に難しい。司法への信用の失墜につながりかねませんから。結果、嘘に嘘を塗り重ねなければいけなくなる……それが、冤罪の起きる“からくり”なんです」

 まるで本末転倒の話だ。そんなことは、絶対に起きてはならない。この失われた15年は、事件の解決にとっても、非常に大きい。振り出しに戻ったこの事件の真相が究明される日は、はたして、いつになるのだろうか―。

註1「足利事件」……1990年5月、栃木県足利市で行方不明になった女児が殺害された事件。1991年12月に犯人として逮捕された幼稚園バスの運転手の男性には、裁判で無期懲役の判決が下ったが、後に再審開始が決定し、2010年3月に無罪が確定した。

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現場近くの渋谷・円山町のホテル街。被害者は生前、客を探すためにこの辺りを徘徊していた
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円山町にあるお地蔵様。被害者の女性は、ここの前で客引きのために立ち尽くす姿を、生前にしばしば目撃されていた
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写真の右側に写っているのが、事件現場の木造アパート。左側のビルがゴビンダさんの住んでいたアパートだ
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東京・巣鴨の住宅地。写真右側の塀の内側にある民家の庭で被害者の定期入れが発見された。定期券の通勤経路とはまったく方向の違う場所の路地裏。捨てたのは、いったい誰だったのだろうか……

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