坂本冬美「29回目でも、『NHK紅白歌合戦』は毎回ドキドキです」ズバリ本音で美女トークの画像
坂本冬美「29回目でも、『NHK紅白歌合戦』は毎回ドキドキです」ズバリ本音で美女トークの画像

 数々の大ヒットを飛ばす超人気演歌歌手、坂本冬美さんが満を持しての登場! 紅白は29回目という大ベテランの坂本さんに、気になる舞台裏を聞いちゃいました。意外な素顔にも注目!

――2016年はデビュー30年目の年でした。いまさらですが、坂本さんが演歌を目指されたきっかけは?

坂本 子どもの頃から祖父の影響で演歌や懐メロを聴いて育っていまして。小学生の低学年のときには、森昌子さんの『せんせい』や『おかあさん』を歌っていたくらいだったんです。で、小学5年生のときに石川さゆりさんの『津軽海峡・冬景色』に出会ってビビッと来て。私も石川さゆりさんみたいな演歌歌手になりたい、と。

■“聖子ちゃんカット”の時代も!?

――渋い! アイドルなどに興味はなく……?

坂本 もちろん、ピンク・レディーやキャンディーズなどの振りマネもしましたし、“聖子ちゃんカット”にもしてましたよ。

――えぇっ!?(笑)。

坂本 笑わないでください。

――失礼いたしました(汗)。それで、87年3月に『あばれ太鼓』でデビュー。

坂本 この『あばれ太鼓』はいわゆる“男唄”で、できることなら、石川さゆりさんのようなしっとりとした“女唄”を歌いたいと思っていたんです。でも当時は、今よりも10キロ近く太っていて、見てくれが“あばれ太鼓”だったんです(笑)。

――そんな感じはまったく想像できませんよ(笑)。でも、希望していた“女唄”である『火の国の女』は、デビュー5年目(91年)にリリースされましたね。

坂本 この歌は実はデビュー3年目にできていたんです。そのときプロデューサー的存在であった作曲家の猪俣公章先生が「女唄はまだ早い」と。1年目2年目3年目は男唄を歌い、4年目でしっとりとした男唄、5年目で満を持して、女唄……というプランを考えてくださっていたんです。

――その一方で、91年に忌野清志郎、細野晴臣らと音楽ユニット「HIS」を結成。ここではセーラー服姿が話題を集めました。

坂本 正直、恥ずかしかったですね。でも、恥ずかしがってちゃ余計、滑稽になるので、もう開き直って学園祭のノリで「歌っちゃえ!」って(笑)。

■『夜桜お七』や『また君に恋してる』が大ヒット

――そうだったんですね。94年には代表曲のひとつ『夜桜お七』がリリースされましたね。

坂本 実はこのとき、これが私のピークで、終わりだなって思ったんですよ。

――どういうことですか?

坂本 だって、そんなに人生で何回もヒット曲に巡り会えるということはないと思うんです。でも『夜桜お七』はいろんな方に聴いていただいたし、それまで演歌好きじゃなかった方が応援していただくきっかけになったんですね。しかも、この曲で『紅白』のトリも取らせていただきましたので。

――とはいえ、2009年には『また君に恋してる』が大ヒット。社会現象にもなりましたよね。

坂本 それはもう予想外でしたね。若い人が携帯の“着うた”にしてくれたり。空港で、自分の声が聞こえると思ったら、誰かの携帯の着信音で(笑)。

――『また君~』もそうですが、演歌以外のジャンルも積極的に歌われていますよね。今年は「ビルボード東京」でシャンソンに初挑戦されたとか。

坂本 「歌は語れ」とよく言われるけど、自分では語ってるつもりでも、歌っちゃってたんですよね。ただ、ここ数年はディレクターに“抑えて歌う”ということを懇々と言われ続けたこともあって、今回のシャンソンでは「語るってこういうことかな」というのが見えてきましたね。

――これほどまでキャリアを積まれてきても、新しい発見があるんですね。

坂本 やっぱりいろんなジャンルを歌わせていただくということはすべて自分の身になり、本来歌っている演歌に生かされるんですね。

■初めての紅白歌合戦で石川さゆりが背中をポン

――今後もますます楽しみです。楽しみといえば、今年も『NHK紅白歌合戦』の季節がやってきましたね!

坂本 今年で29回目。出場時間はたったの2分半なんですが毎回ドキドキです。

――緊張のピークは?

坂本 出場が決まった時点からず~っと。で、曲が決まったら、その曲がず~っと頭の中を巡っていて。本番当日は、自分の1つ前の人が歌っているときは、もう心臓の鼓動がド、ド、ド……って鳴るのが聴こえるくらい(笑)。

――これまでの『紅白』で印象的だったのは?

坂本 やっぱり初めて出場したとき。このとき憧れの石川さゆりさんが背中をポンって押して下さって「行ってらっしゃい」って。もう泣きそうになりました。最後の『蛍の光』では手をつないでいただいて。

――感動的な話ですね。

坂本 それと、02年から1年間体調を崩して休業したんですが、その前に出させてもらったときかな。自分の中では「これが最後」って思いもあったので、一番落ち着いて歌えましたね。あ、それから、韓国の大スター、イ・ビョンホンさんがゲスト出演された2004年。実はビョン様の大ファンで、ビョン様が通る動線の所で待ち伏せして握手していただいて。この年は心ここにあらずで、うまく歌えなかったな(苦笑)。

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