平成は「アイドル冬の時代」じゃなかった <br />平成アイドル水滸伝 序の巻〜平成アイドルという星を追って〜【前編】

平成アイドル水滸伝〜宮沢りえから欅坂46まで〜

序の巻〜平成アイドルという星を追って〜【前編】

平成女性アイドル列伝

 タイトルを見て「?」となった人もいるはずだ。今回担当してくれる編集のYさんと連載タイトルは何がいいかと思いつくまま挙げていたら、このタイトルが突然どこからか降りてきて、頭から離れなくなってしまったのだ。そしてめでたく決定、と相成った。

「水滸伝」とは、もちろんあの中国の四大奇書のひとつとして名高い歴史伝奇小説のことである。北宋時代、朝廷が腐敗し、混迷した世を舞台に梁山泊に集った108人の豪傑たちが躍動する波乱万丈の物語は、映画、ドラマ、小説、ゲームなどでいまも広く親しまれている。最近だと北方謙三の小説にはまった人もいるだろう。私もそのひとりだ。

 そんな水滸伝のイメージを借りて、梁山泊ならぬ平成日本に集った女性アイドル列伝を綴っていこうというのがこの連載である。

「アイドル冬の時代」と言わないアイドル史

 ところで、なぜ「平成」限定なのか? 

 まずひとつは単純な話で、ご承知のように平成がもうすぐ終わるからである。しかもちょうど30年ほどなので、人間で言えばひと世代。ありがちではあるが、一度振り返ってみたくなったということがある。

 もうひとつ、より大きな理由は、“「アイドル冬の時代」と言わないアイドル史”を書きたいという私のなかの思いである。

 平成女性アイドルの扱いは、これまでどこか不遇だった。その象徴が、女性アイドルの歴史を語るときに必ずと言っていいほど出てくる「アイドル冬の時代」というフレーズだ。

「アイドル冬の時代」とは、昭和の終わりから平成の前半、1985年に結成されて大ブームを巻き起こしたおニャン子クラブが解散した1987年からモーニング娘。がデビューする1997年までの10年くらいを指す。1970年代には「花の中3トリオ」、ピンク・レディー、キャンディーズ、80年代には松田聖子、中森明菜、小泉今日子がいた。だがおニャン子解散以降、誰もが知る女性アイドル歌手がいなくなり、それはモーニング娘。が現れるまで続いた。その10年は不毛だった、というわけだ。

 しかし、である。それは平成の女性アイドルに対して少し不公平なのではないか。その時代が「冬」に見えるのは、テレビでアイドル歌手を見る機会が減ったという印象論にすぎないのではないか。

 実際、テレビを離れてみれば、その期間はアイドルが乱れ咲いた群雄割拠の時代であった。「アイドル冬の時代」とは、テレビで歌うアイドル歌手中心のアイドル史観が生んだ一面的なレッテルにすぎない。それどころか、AKB48が大ブレークした2000年代後半以降のアイドルシーンの活況を正しく理解するには、平成の初頭に起こったことにきちんと目を向ける必要がある。そしてそこから現在までのアイドルの盛衰を丹念にたどり直してみる必要がある。

 それがここで言う“「アイドル冬の時代」と言わないアイドル史”だ。ポイントは大きく二つ。アイドルとテレビの蜜月が終わったこと、そして「アイドル=歌手」ではなくなったこと、である。

「ホームレス」になった女性アイドル歌手

 昭和のアイドルは、ざっくり言ってしまえばテレビから生まれるものだった。森昌子から始まり、桜田淳子、山口百恵、ピンク・レディーを生んだオーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)、松田聖子、中森明菜、小泉今日子らが毎週のように出演した『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)や『ザ・ベストテン』(TBSテレビ系)は、まさに女性アイドル歌手のホームだった。

 だが昭和の終わるころまでに、それらの歌番組はすべてなくなった。アイドルとテレビの蜜月時代は終わりを告げたのである。当然、女性アイドル歌手たちの多くは路頭に迷うことになった。

 こう書いていると、ひとりのアイドルを思い出す。その名を水野あおいという歌手は、平成に入ってからのデビューであるにもかかわらずツインテールにフリフリの衣装で典型的なアイドルソングを歌う、いわば「遅れてきた昭和アイドル」であった。そして時代の変化の波に翻弄された。

 なかでも忘れられないのが、フジテレビの番組『天使のU・B・U・G』(有名になる前の華原朋美も出演していた)のなかでの「一日ホームレスキャンペーン」である。この企画、水野あおいが新宿でホームレス生活を送る男性に頼んでダンボールの住まいのつくり方から教わり、その生活を一日体験する。と同時に、路上で自分の曲を歌ってキャンペーンをする。つまり、路上ライブである。

 その光景は、後のももいろクローバーZにもつながっていくものだ。水野あおいは、その後「ライブアイドル」と呼ばれるようになっていく多くのアイドルたちの先駆者的存在でもある。だがそれはまた別の話であり、やがて語ることになるだろう。

 いま確認しておくべきなのは、歌番組という「ホーム」を失い「ホームレス」になった平成初期の女性アイドル歌手の、苦境にもめげず自分を貫き通す健気な姿だ。

 同じ頃、沖縄からやってきたひとりの少女が一躍脚光を浴びようとしていた。安室奈美恵である。ユーロビートのカバー曲で注目された彼女は、小室哲哉のプロデュースによってヒット曲を連発、時代の顔になっていく。

 もはや懐かしい「アムラー」と呼ばれた十代のギャルも、渋谷などのストリートにたむろする「ホームレス」であり、安室奈美恵はその象徴だった。ただそこには居場所のない不安もあったが、さまざまな制約からの自由もあった。その点、「ホームレス」であることはネガティブなことばかりではなかった。安室奈美恵がアイドル文化にもたらしたダンスの魅力は、そんな自由への願望の表現でもあった。それは、いまの欅坂46にも通じるものだ。

 こうして、女性アイドル歌手は自立へと向かう。そしてそれがダンスだけでなく曲の自作というかたちをとるようになると、彼女たちは「歌姫」になった。浜崎あゆみ、宇多田ヒカル、椎名林檎らは、芸能界入りの経緯も含めて「アイドル」と呼べば呼べなくもないが、やはりどこか違う。アイドルと非アイドルの境界線上にいる存在だ。(後編へ続く)