ビートたけし事務所独立で軍団との“32年前の約束”

 1988年にビートたけし(71)を大黒柱として設立された芸能プロダクション「オフィス北野」。一部スポーツ紙は、たけしがオフィス北野を独立し、4月からはすでに設立済みの個人事務所を中心に活動を続けると報じている。

「気になるのはたけし軍団と呼ばれる弟子たちの処遇です。一説にはオフィス北野を改名して新たな芸能プロダクションとし、軍団はそこに所属するという案があるようですが、どうなるかはまだ分かりません」(芸能記者)

 たけしと軍団の絆はあまりにも深い。ラッシャー板前の結婚式では、たけしが祝辞で「たまに、自分の子どもよりもこいつらのほうがかわいいと思うときがある……」とスピーチ。新郎のラッシャーはもちろん、出席していた軍団メンバーや他の芸人までが号泣したというエピソードもある。

「ある時期まで、たけしさんは軍団のみなさんと四六時中一緒にいましたね。“飯はみんなで食う”のがたけしさんのモットーのようで、番組収録が終わると行きつけの店で宴会が始まり、深夜になるとたけしさんが借りていたマンションに行って宴会の続き。朝になるとみんなで草野球の試合に興じる――こんな生活を続けていたようです」(前出の記者)

 たけしと軍団の絆がいっそう深まったのが、1986年のフライデー殴り込み事件だろう。

「たけしさんは、写真週刊誌『フライデー』が当時交際していた一般人の女性に関する記事を掲載したことに激怒。深夜3時頃に麹町のマンションから軍団11人を引き連れて3台のタクシーに分乗、発行元の講談社に乗り込んだわけです。たけしさんは事前に“話し合いに行くんだから、絶対に手は出すなよ”と言っていたため、同行した軍団のメンバーもまさか騒動になるとは考えていなかったようです」(前同)

 ところが、講談社に到着するとたけしは豹変。編集部に残っていたスタッフと乱闘騒ぎになり、講談社のすぐ隣にある大塚署に連行されてしまった。全員の取り調べが終わり、解放されたのは半日後。すでに事件を嗅ぎつけたマスコミが玄関付近に大挙して押し寄せる中、署の暗い廊下を疲労困憊しながら歩くたけしと軍団の面々。そこでたけしはこうつぶやいたという。

「悪かったな、おまえらを巻き込んじまって……。オレよ、これからどんなことしてでも、一生面倒見るからな……」

 それから32年。自らが設立した事務所を一人で離れる決意をしたたけし。

「たけしさんにしてみれば、軍団はもう各自で十分に自活できると思っているはずです。とはいえ、今でも“らっきょはどうしてるんだ?”“ラッシャーはレポーターの仕事がんばってるよな”と、何かにつけては軍団のことを気にしているようです」(前同)

 たけしと軍団の“32年前の約束”は、どうなるのだろうか――。

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