「屋号」は個人事業主に必要!? その歴史と、現在における意味の画像
「屋号」は個人事業主に必要!? その歴史と、現在における意味の画像

「屋号」(やごう)という言葉をご存知だろうか。呼び名あるいは称号、通称という意味を持つ「屋号」だが、使われる場所によってその役割や意味合いは異なってくる。今回は個人事業主がつけることができる「屋号」を中心に、解説していきたい。

■「屋号」の本来の意味

「屋号」とは、ざっくりいってしまえば、そのコミュニティ内で通じる呼び名、称号、通称のことである。たとえば同じ名字や名前の人が複数いるコミュニティだと、ときとして個人の特定が困難になってしまい、いわゆる“人違い”をしてしまうこともあって、社会生活に支障をきたしてしまう。そこで、そういった間違いが起こりにくくなるようにと、名字や名前とは別に、「屋号」をもうけたのである。何らかの利便性を求めて、人に名字や名前とは別の呼び名をつけるという点でいえば、ニックネームやコードネームとも共通している。

●家につけられる「屋号」

 近代以降の日本では、誰もが名字と名前をもっていることが当たり前である。しかし、今となっては驚いてしまう話だが、江戸時代の日本では、武士以外の身分の者が名字を持つことは認められていなかった。ところが、人口が増加していくに伴って、同じ地域や集落の中で同じ名前を持つ者が2人以上存在しているという状況が幾度も起こるようになり、人々の混乱を招いた。そのため、個人をしっかり特定できるようにと、家ごとに「屋号」をつけるようになった。

 やがて明治維新が起き、今度は全国民に名字が義務づけられるようになったのだが、それまで使用していた屋号をそのまま「名字」に採用することは認められず、多くの家では同音異字を用いるなど、屋号にアレンジを施すような形で名字を定めたという。

実は現代でも、特定の名字が密集している地域などで屋号は有効であり、そういった地域の郵便局員は屋号を参考に個人宅を回っているという。

●歌舞伎役者の「屋号」

 歌舞伎役者が家、あるいは一門ごとに屋号を持つようになったのも、江戸時代のことである。江戸時代初頭、歌舞伎役者は身分の低い存在だったが、歌舞伎の人気が高まるにつれて歌舞伎役者たちは経済力や発言力、社会に対する影響力を持つようになり、幕府も歌舞伎役者の存在を認めざるを得なくなった。その結果、歌舞伎役者は表通りに住むことが可能になり、やがて化粧屋などの商いをはじめるようになり、「屋号」で呼ばれるようになった。

 そして歌舞伎役者たちに屋号がつくことが浸透するにともない、落語家や浪曲師(ろうきょくし)、講談師(こうだんし)など、さまざまな伝統芸能の業界内にて屋号の使用が広まった。落語家が使用する屋号には「笑福亭」「春風亭」「三遊亭」など語尾に「亭」がつくタイプが多いため、「亭号」とも呼ばれる。ちなみに、林家三平や林家こん平らで有名な「林家」は、元々は「林屋」だったのが、1890年代、五代目・林家正蔵より、漢字表記を変更して「林家」となったものである。落語家の屋号において同様のケースは少なくなく、「扇屋」→「扇家」、「松富久亭」→「笑福亭」など、読み方はそのまま漢字表記の変更がなされている。

●商業における「屋号」

 屋号は、個人の特定だけでなく、商いを行う場合にも通称として「屋号」が使われていた。例としては「伊勢屋(いせや)」「越後屋(えちごや)」など、出身地に「屋」をつける、「油屋」「綿屋」など、職業名に「屋」をつける、「松屋」「鶴屋」など、お店のシンボルにちなむ、などのパターンが挙げられる。

 屋号を書かれたのれんや看板を軒先にかけることは、商家の伝統や由緒を誇ることでもあり、人々の信用にもつながった。また、奉公人が独立するにあたってこれまで仕えてきた商家の信用を分けてもらう「のれん分け」においても、同じ屋号を使うことが認められた。

 明治時代に入ってからは、語尾に「堂」「軒」「荘」「館」などをつけることも増えてきた。他方、江戸期に創業して現在も続いている会社やお店の中には、創業当時の屋号をそのまま商号として用いているケースも少なくない。

■現代における「屋号」(やごう)とは?

 しかしながら現代における「屋号」といえば、上の項で紹介したものよりも、むしろ「個人事業をはじめるときにつける名前」という意味で用いられるのが一般的である。詳しく見ていきたい。

 個人事業主が持てる「屋号」とは、会社でいうところの会社名である。たとえば法人だと、「法人」と「代表者」は別人格と見なされるため、「株式会社△△」などといった会社名が必ず必要になってくる。個人事業主の場合も、仕事をする際に用いる名前として「屋号」を定めることができるのである。

 会社を起業する場合、「会社名」(商号)は必ず決めなければならない。しかし、個人事業主は、屋号を必ずつけなければならないと法律で決められているわけではない。また、「青色申告を行う個人事業主は屋号をつけなければならず、白色申告を行う個人事業主は屋号をつけなくてもよい」と誤解されがちだが、青色申告であっても白色申告であっても屋号をつける/つけないは自由である。

 確定申告を行うときの書類には屋号を記入する欄が存在しているが、屋号を持っていなければ空欄にしておけば差し支えない。税務署に「開業届」を提出すれば、屋号が正式に認められるだけでなく、青色申告を行うこともできるようになるのだが、開業届を出すのも青色申告も面倒だと感じ、屋号をつけないまま活動している個人事業主も少なくない。

 とはいえ、個人事業主は屋号を持つことでさまざまなメリットを得られるのも事実である。まず、屋号があればプライベート用とは別に銀行口座を開設でき、お金の管理がやりやすくなる。屋号は確定申告の書類、領収書、契約書、名刺などにも記載することができるので、社会的信用にもつながる。

■屋号をつける際のポイント

 屋号をつけることが決まったら、今度は、どのような屋号をつけるのかを考えていくことになる。

 お店を経営していたり、医院やクリニックなどの医療機関や事務所などを開いている場合、屋号にもお店や医療機関や事務所の名前がそのまま使用されるケースが多い。なぜならそのほうが、分かりやすいからである。とはいえ、お店などの名前と屋号とを同じにしなければならないという法律が存在しているわけではないので、お店などの名前とは違う屋号をつけてもかまわない。異なる店名のお店を複数経営している場合は、そのうちの一つのお店を屋号として使ってしまうとかえってややこしくなるかも……と考えて、屋号はあえて店名とは別のものにする人もいる。

 会社に所属せず、独立した個人として仕事をしているフリーランスの場合、屋号を持たないことも多く、これも屋号を持つことが義務づけられているわけではないので、差し支えない。とはいえ、漫画家、作家、ライター、イラストレーター、デザイナーなどの仕事をしている場合は、いわゆるペンネームで活動している人も大勢いて、そういった人は屋号にもペンネームを使用する傾向が強い。やはり、分かりやすいからである。あるいは、結婚して名字が変わったが仕事では旧姓を使っているという場合、屋号は旧姓にするという人もいる。

■屋号をつけるにあたっての注意事項

 まず、お店や医療機関や個人事業主がつける屋号に「△△会社」「◆◆法人」といった付け方は認められていない。また、「証券」「信用金庫」「銀行」といった特定業種名もつけてはならない。

 そして屋号をつける際には、自分がつけようとしている屋号が、ほかで使われていないかを確認したい。実は、すでに存在している屋号を使うことも可能ではあるのだが、後々トラブルに発展しやすい。とりわけ商標登録されているものについては、避けたほうが無難である。あるいは、商標登録はされていなかったとしても、自分と同じ業界にいる個人事業主だったり、業界が違えど自分と同じ地域で活動している個人事業主と屋号がかぶってしまうのは好ましいことではない。そして、商標登録がされており同じ業界で活動している場合、訴訟沙汰になってしまう可能性も否定できない。すでに登録されている屋号であるか否かは、インターネットで調べたり、あるいは法務省が無料でおこなっている屋号調査を利用してみるという方法もある。

 また、屋号は一度つけたものを後になって変更することも可能など、融通が利く部分もある。

 望ましい屋号の条件としては、(1)発音しやすい(2)「△△ネイルサロン」「美容院△△」など、屋号を見ただけで、どんな商売や活動をおこなっているのかイメージしやすい(3)長すぎない(4)長めであれば、省略しやすい、などが挙げられる。とりわけ長すぎる屋号は、覚えづらい、書きづらいなどの不都合が生じやすい。ちなみに、アルファベットや数字の使用も可能となっている。

■まとめ

「屋号」には、(1)江戸時代、集落や商業や伝統芸能などあらゆるコミュニティ内で、個人・家・一門を特定するために、それぞれの「家」ごとに与えられた呼び名(2)個人事業主が事業を行うときに使う名前と、大きく2通りの意味があるというわけだ。今現在「屋号」と検索すれば、(2)の個人事業主が使う屋号についての情報が圧倒的に多くなっているものの、(1)の江戸時代につけられた屋号も、完全になくなったわけではなく、代々受け継がれる伝統芸能や江戸期創業の会社などでは、当時の屋号が何らかの形で使われていたりする。

 個人事業主や、今後個人事業を行う予定がある場合は、業務内容や今後の目標、方向性などを加味した上で、屋号をつけるかつけないかを検討していきたいところだ。

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