■高校相撲の名門から本格的にスタート

――意外です。高校相撲の名門で、本格的に相撲をスタートさせました。

逸 ハイ、鳥取城北高相撲部は全国レベルで強い高校だとは知らなかったんですが、部員たちが厳しい稽古をしているのを見て、「大丈夫かなぁ」と不安になりましたよ。城北高には女子相撲部もあって、一緒に稽古することもあるんですが、最初は女子相撲の無差別級のチャンピオンで、2つ先輩の上田幸佳さんに歯が立たないくらいでした。右膝をケガしたこともあって、最初の1年は相撲を取ることよりも、四股など、相撲の基礎をじっくり教わっていました。

――それでも2年生からレギュラーの座を獲得。タイトルも5つと大活躍です。

逸 強い先輩たちがいたので、自分も自然に力がついていったんだと思います。目指していたのは“高校横綱”。一緒に来日した照ノ富士関は一足早く大相撲の世界に進んで、活躍している。高校横綱のタイトルを獲って、プロの力士になりたいと思っていた。ですけど、大相撲界には「外国人枠」があって、各部屋に1人(部屋合併などの事情は除く)だけと決まっていて、僕が高校を卒業するとき、外国人枠に空きがなかったんです。なんのために日本に来たんだろう? と愕然としましたね。そこで、鳥取県体育協会で社会人選手として相撲を続けて、実業団横綱を目指そうと考えたんです。勤務先には、相撲以外のスポーツ経験者がいたこともあって、体の使い方とかメンテナンスなど、いろいろなことを教えてもらうこともできて、今振り返れば、「貴重な時間だったなぁ」と思ってます。

――なるほど。社会人での経験は、今に役立っているというわけですね。

逸 そう思います。実業団横綱を獲ったその年の秋には、幕下15枚目格付け出し資格を取って、湊部屋に入れることになって……。やっと念願だった力士になることができたんです。そのときの感激は、今も忘れられません。

■新入幕で稀勢の里や鶴竜を撃破

 14年初場所、初土俵を踏んだ逸ノ城は、初場所、春場所で連続6勝を挙げ、夏場所は新十両。秋場所では所要5場所で新入幕を果たした。その新入幕の場所、11日目に大関・稀勢の里、12日目に大関・豪栄道、13日目には横綱・鶴竜を撃破。さらに横綱・白鵬と優勝争いをすると、“逸ノ城”の名前は一気に全国区になっていった。

――同じ時期に力をつけてきた遠藤関とともに、相撲ブームが起こりました。

逸 遠藤関の人気にはかないませんよ(笑)。遠藤関は相撲がうまくて、自分は苦手なタイプなんです。うまく潜られると、自分は慌ててしまって、相撲が雑になってしまっていた部分があるんですが、ダイエットを止めて、筋肉をつけた今の体重に落ち着いてから、どっしりとした自分の相撲を取れるようになりました。慌てることも少なくなってきたと思います。

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