柚月裕子
柚月裕子

 人気ミステリー作家・柚月裕子さんが、本誌初登場! 映画化で話題のベストセラー小説『孤狼の血』の執筆秘話から、映画『仁義なき戦い』を愛する“漢らしい”素顔まで、たっぷりお届けします!

■映画『仁義なき戦い』は衝撃的だった

――昭和63年の広島を舞台に、反社会組織の抗争と悪徳警官の暗躍を描いた映画『孤狼の血』が話題ですが、同名の原作小説を書かれたのが、柚月さんですね。

柚月 発想の原点となったのは、映画『仁義なき戦い』。でも実は、作家デビューして3年たった頃に、初めて観たんです。以前から関心はあったんですが、なかなか観るタイミングが見つからなくて。

――と言いますと?

柚月『仁義~』って、東映の金字塔なわけじゃないですか。映画に限らず小説でも、金字塔と名が付いていると、いつ手を出したらいいかという、きっかけが逆につかめなくて(笑)。

――いつでも見られる、ということですかね。

柚月 それもありますけど、ここまで歴史がある以上は、絶対に面白いんだろうなっていう安心感があって。あとは、きっかけだけだったんです。そんなときに、笠原和夫さんの回顧録をまとめた『昭和の劇』を読む機会があったんです。

――笠原和夫さんは『仁義~』の脚本家ですね。

柚月 その本の中で、いかにして笠原さんが『仁義~』を作り上げたかという、映画についての考えなどが書かれてあって。それを読んで「これは絶対に見るべきだ」と思い、まずは一巻だけレンタルして見たんです。すると、あっという間に見終わって、その後、しばらく呆然としてしまったんです!

――衝撃的だったんですね。

柚月 それで、「これは続きを絶対に見なければならない」と思い、すぐに残り全部を借りて、徹夜で見たんです(笑)。面白くて止められませんでした。で、日を変えて『北陸代理戦争』や『県警対組織暴力』も見て。最終的にはいつでも見られるようにと、全部購入してしまったくらいなんです(笑)。そして見終わった後に、いつか小説で、こういう熱い物語を書きたいと機会を狙っていたんです。

――なるほど。ストーリー展開は、時間を掛けて練り上げるんですか。

柚月 作家によっては、パッと浮かぶというか、何かが降りてくるという方もいらっしゃるみたいですけど、私はそれはないですね。だから、こういう小説を書きたいって思うまではいいんですが、じゃあ、そこからどうしようかなってところが悩みどころでしたね。

――編集の方に相談されたり……?

柚月 ただ、『孤狼の血』を執筆するにあたって、最初はあまりいい顔をされなかったんです(笑)。というのも、このテの小説はこれまでも数多くありますし、この時代にはたしてどこまで読者に受け入れられるのかって。そのとき、担当さんから、あるベテラン作家の本を渡されたんです。これを読めば私も意気消沈して止めるだろうと思ったらしく(笑)。

――編集の方もなかなかの策士ですね。

柚月 私は冒頭をちょっと読んで、すぐに閉じてしまいました(笑)。読んだら、やっぱり書けなくなるって分かったんです。もう臆してしまって。で、担当さんには「全部読みました。すごく面白かったです。でも私、書きたいです」って(笑)。いただいた本は後で全部読みましたが、「あのとき読まなくて正解だったな」と(笑)。全部読んでいたら私も筆が鈍っただろうなって思いましたね。もちろん後日、「あのときは嘘つきました」って謝りました。

――実際に書かれたときは、リサーチとか大変だったんじゃないですか?

柚月 広島弁に関しては『仁義~』を何度も見直しましたね。他はノンフィクションなどを読み込んで。担当編集の方にお願いして、広島の地方紙のコピーを取り寄せたりもしましたよ。

――組同士の関係も入り組んでいて複雑ですよね。

柚月 そうですね。だから、まず自分が混乱しないように、担当編集さんにもお手伝いしてもらって、人物相関図や年表、組の相関図を作りましたね。

  1. 1
  2. 2
  3. 3