プロ野球、意外に少ない「両リーグ日本一監督」【雑学クイズ】

 プロ野球ファンが楽しみにしているセ・パ交流戦が始まりました。そこで今回は「セ・リーグとパ・リーグ」をテーマとします。(文中敬称略) 出題/小泉珍事郎

【Q1】巨人の次に多く優勝しているセの球団は?

 2017年のシーズン終了時点で、パ・リーグで最もリーグ優勝回数が多いのは西武(21回)です。これに続くのがソフトバンク(18回)で、以下、オリックス(12回※合併した近鉄の優勝回数は含まず)、日本ハム(7回)、ロッテ(5回)、楽天(1回)の順です。

 セ・リーグはもちろん、読売(以下・巨人)が36回でダントツです。では、巨人に続くセ・リーグ2位のリーグ優勝回数を誇るチームは次のどこ?

  • (1)中日ドラゴンズ
  • (2)阪神タイガース
  • (3)広島東洋カープ

【Q2】リーグ分裂時にセ参入のちに消滅した球団は?

 もともと2リーグ制は、1リーグ時代に、巨人のオーナーにして球界全体に強い影響力を持っていた正力松太郎が構想していたものだといわれます。正力は片方のリーグの柱を巨人に、もうひとつのリーグの柱を毎日新聞による新球団「毎日オリオンズ(ロッテの前身のひとつ)」にと考えていたようです。しかし、反正力派が実権を握っていた当時の読売上層部は、毎日の参入を嫌い、この構想に猛反発します。結果、プロ球界は新聞社系の巨人、中日など“毎日参入反対派”と、阪急、南海、近鉄など関西私鉄系球団を中心とした“容認派”に二分されます。同じ関西私鉄系の阪神(当時は大阪タイガース)は当初容認の姿勢でしたが、途中から反対派に転じています。両派は決裂し、それぞれ他のいくつかの新規参入チームを受け入れることで反対派はセ・リーグ、毎日と容認派はパ・リーグとして活動していくことになります。結果的には、正力構想が実現したのです。現存球団の中で、このとき参入したのは、セが広島、現・ヤクルト、現・DeNAで、パが現・西武です。

 実は2リーグ分裂時に誕生したものの、その後、消滅したチームもあります。では、その中で、セに属していたのは次のどれ?

  • (1)金星スターズ
  • (2)西日本パイレーツ
  • (3)高橋ユニオンズ

【Q3】両リーグで日本一になった監督は誰?

 プロ野球の歴史には、セパ両リーグで活躍をした選手も多数おり、中には両リーグで同じタイトルを手にした猛者もいます。両リーグ本塁打王は、落合博満(ロッテ・中日)、タフィ・ローズ(近鉄・巨人)、山崎武司(中日・楽天)が達成。落合は打点王も両リーグで手にしています。首位打者は江藤慎一(中日・ロッテ)、内川聖一(横浜・ソフトバンク)の2名です。

 投手の例は少なく、最優秀救援投手の江夏豊(南海・広島・日ハム)、最多奪三振の杉内俊哉(ソフトバンク・巨人)のみ。両リーグでMVPを獲得した選手には江夏(広島・日ハム)、小笠原道大(日ハム・巨人)の2名がいます。

 一方、両リーグで日本一を経験した監督はこれまでに3名います。最初が三原脩(西鉄・大洋)で、次が水原茂(巨人・東映)です。さて、では3人目は次の誰でしょう?

  • (1)広岡達朗(ヤクルト・西武)
  • (2)野村克也(南海・ヤクルト)
  • (3)星野仙一(中日・楽天)
●A答え ■Q1=1【解説】中日は9回で2位で、広島は8回で3位。阪神は意外と少なく5回で5位です。 ■Q2=2【解説】西日本パイレーツは西日本新聞のチームで、福岡の平和台球場を本拠地としていました。しかし、経営難からわずか1シーズンで消滅し、西鉄に吸収されています。金星スターズはパに参入した大映スターズの前身。高橋ユニオンズは54年にパに参入した球団です(57年に大映と吸収合併)。 ■Q3=1【解説】78年にヤクルトを初のリーグ優勝、日本一に導いた広岡は、82年から西武の監督に。1年目に日本一を達成しました(翌年も日本一に)。

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