鈴木亮平(35)が主人公の西郷吉之助を演じる、大河ドラマ『西郷どん』(NHK)は、美しい自然を背景に展開した奄美編がついに終わった。その中で見られた演出が『西郷どん』を象徴するものだったので、ぜひ細かく言及したい。まずは6月3日の放送を振り返ってみよう。
吉之助と愛加那(二階堂ふみ/23)との間に子どもが生まれ、島の人はこれを心から祝福する。一方、出世街道を歩む大久保正助(瑛太/35)は大久保一蔵と名を改めていた。一蔵は吉之助を迎えるべく奄美へ渡り、すぐに薩摩に戻るよう吉之助に求めるが、島でめとった女性は島の外に連れていけないという掟に苦しめられ、吉之助はこれを固辞。すっかり奄美の人間となった吉之助を見て複雑な思いを抱く一蔵は、愛加那に頭を下げて吉之助が島を出ることを切望し、薩摩へと戻った。その後、愛加那は、一蔵が置いていった刀を吉之助に見せる。吉之助の気持ちが大きく揺らいだことを愛加那はすでに気づいていた。そしてついに吉之助は愛加那に薩摩へ行くことを打ち明け、二人は海で互いを強く抱きしめるのだった……。
吉之助と愛加那が海で抱き合い、別れを悲しみながら歌うシーンがとても切なかった。大河史上に残る美しい場面と言っても過言ではないだろう。このシーン、実は、多くがアドリブだったというから驚きだ。撮影時に決まっていたのは、愛加那が歌を歌うということだけ。その後に吉之助が歌いだし、二人で抱き合うというのは完全にアドリブだったのだ。しかも撮影は一発勝負、これにより、鈴木と二階堂の切ない感情が実にリアルに映し出された。番組のホームページではこのシーンについて、演出家がこのようなコメントを寄せている。「ここまで役を生きてきたふたりの感情に委ね、自然発生的に生まれるものを撮りたいと思いました。<中略>僕は、ドラマというよりも、ドキュメンタリーだったような気がしています」。
思えば『西郷どん』は、歴史ドラマでありながら、人々をリアルに描くドキュメンタリー的な要素も強いドラマといえる。放送開始当初から難解な薩摩弁が話題となり、奄美編では全編に翻訳文を出してまで奄美言葉を使うことにこだわってきた。島津斉彬を演じた渡辺謙(58)と吉之助が対峙するシーンでも、アドリブが多かったという。時代考証がおかしいなどツッコミが入ることもあるが、「リアルさ」を伝える演出にはぬかりがない。リアルを追求するこの姿勢こそが『西郷どん』というドラマを支えているのだ。
次回から、吉之助は薩摩に戻り、いよいよ幕末の大きな波に飲み込まれていく。今後、関ジャニ∞の錦戸亮(33)ら豪華キャストも続々登場で、いよいよ注目度は高まりそうだ。どんな場面にアドリブが散りばめられているか注目するのも『西郷どん』の楽しみ方の一つかもしれない。(半澤則吉)