■プロ野球オールスター戦で対決したが

 逆に言えば、現役時代のノムさんは、ONに対して、並々ならぬライバル心を燃やしていた。1975年、史上2人目(1人目は王氏)となる通算600号本塁打を達成したときに口にした、「王や長嶋がひまわりならば、俺は月見草だ」という言葉は、球史に残る名言だ。

野村 俺の現役時代は、人気、実力ともに巨人がダントツで、パ・リーグのチームなんて、ほとんど注目されていなかった。パ・リーグの南海ホークスの選手だったから、身にしみて感じていたよ。

 だから、巨人との対戦で、キャッチャーとしてONを打席に迎えたときは、「負けてたまるか!」という意識が強かった。特に王には、俺が苦労して作った記録をことごとく塗り替えられていたから、腹が立っててね(笑)。王の分析は嫌というほどやった。実際、王はオールスターで20何打席ノーヒットだったことがあって、そのときのパ・リーグのキャッチャーは俺なんだよ。

 ホームランバッターには外角を中心に攻めるというセオリーがあるんだけど、王の場合は逆。外角から中にボール1、2個分入ったところがホームランゾーンだったから、外角を攻めるときはよほど慎重に投げないと、ガツンと打たれる。だから王には内角攻めが有効で、攻めるときはスライダーやフォークで、ボールにちょっと変化をつける。そうすればボールを引っかけてくれて、打ち取ることができた。でも、俺がオールスターで王攻略の模範を示しても、セのキャッチャー連中は全然、注目してくれないんだよ。ちゃんと参考にしてくれていたら、王と俺の記録も、もっと拮抗していたかもしれないのに(笑)。

 それに対して、長嶋は天才型のバッターだったな。バッターの理想形は、ストレートを待ちながら、どんな変化球にも対応できることなんだけど、誰もができることじゃない。長嶋には、それができるだけの天性の才能があったんだろう。長嶋のバッティングは感覚的なもので、体が勝手に反応していたと思う。そんな天才型バッターに、理論で攻めたところで打ち取れるわけがない。それならば心理的に揺さぶってみようと“ささやき戦術”を使ってみたけど、それも通用しなかった。こちらがマスク越しに何を言っても、まるで関係ない答えが返ってきて、あっさりヒットを打つ。すぐに使うのをやめたよ。つまり、長嶋には何をやっても、すべてお手上げ(笑)。

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