■日本代表の稲葉篤紀監督には荷が重い
野村監督の指導を受けた選手の中には、現在指導者の道に進んでいる者も多い。たとえば、日本代表の稲葉篤紀監督も、ヤクルト時代に「野村ID野球」を叩き込まれた。
野村 稲葉は指導者の経験がほとんどないのに、いきなり代表監督なんて相当難しいだろう。勉強はしているかもしれないけど、俺のところに聞きにも来ないよ。「こんなことを聞いたら、笑われる」ってのが先に立って、やっぱり恥ずかしいんじゃないか。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」なんだけどね。教え子の中で今、最も期待しているのは、宮本慎也(現・ヤクルトヘッドコーチ)。おそらく将来優秀な監督になって、いいチームを作ると思う。ただ、彼は何でもはっきりと物を言ってしまうタイプ。発言自体は正しいんだけど、それで相手を傷つけたり、誤解されたりすることも十分考えられる。だから今後は、相手や状況によって言葉を選ぶ判断力が求められるだろうね。のこ「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すを上とする」という言葉があるように、“人を遺す”ということは、財や仕事以上に難しくて、だからこそ価値がある。そういう意味では、宮本や稲葉も含めて、教え子たちをたくさん残せたのは、日本球界に多少なりとも貢献できたってことかもしれないね。“野村野球”の遺伝子を受け継いで、次世代に伝えていってくれるなら、これほど、うれしいことはないよ。彼らが指導者として「野球は頭のスポーツである」を体現してほしいよね。
厳しくも愛にあふれる苦言の数々。ノムさん、まだまだ日本球界を見守っていてください!
野村克也(のむらかつや)1935年、京都府生まれ。54年、テスト生として南海ホークスに入団。戦後初の三冠王をはじめ、数々の記録を打ち立てる。80年に現役引退すると、4球団で監督を歴任。「ID野球」で各チームを立て直した“智将”。
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