伊東四朗
伊東四朗

 芸能界に入り、今年で60年。こんなに長く続けるとは思っていなかったし、80歳まで生きるとも考えていなかったですもん。

 主演させて頂いているドラマ『おかしな刑事』で警部補の役を演じるのは、忸怩たる思いです。こんな年齢の刑事はいないでしょう。どう考えたって(笑)。ロケ先で伊東ではなく、「鴨志田さん!」と、役名で声をかけられると、うれしいものですよ。

 60年を振り返っていちばん言いたいのは、人との出会い。秒単位で、運命の人と出会っている。数秒違ったら、今のようにはなっていなかっただろうと思う。運命の出会いを箇条書きにしたら、不思議なこと、謎だらけ。いじわるされたこともあるけど、あれがあったから、この仕事ができたと振り返ることもできる。

 運命の人とのはじめの出会いは、新宿のストリップ劇場の軽演劇を観に行き、階段を下りて帰る時。楽屋の窓がぱっと開き、出演していた石井均さんが「おい、楽屋に寄って行け!」と言うんです。僕が常連客だったから、出演者の間でかなり有名人になっていたみたい。

 その後、石井さんの一座の舞台に役者として立つことができたんです。僕がその階段を通るのが、数秒遅かったり早かったりしたら、今の僕はいないですよ。

 同じ頃に、二代目尾上松綠さんにもお世話になりました。自分が書いた台本を読んでもらおうと、雨のなか、突然、歌舞伎座の楽屋に行ったんです。番頭さんに「松綠さんにお会いしたいんです」と言うと、「帰んなさい!」と。その時、松綠さんが入ってきた。番頭さんが「学生なんですけど、今、帰ってもらいます」と話すと、松綠さんが、「学生を大事にしないでどうするんだ?」と怒るんです。

 そして、「どうぞ、あがんなさい」と僕を楽屋に上げてくれた。雨でびちゃびちゃになっているのに。台本を読んでくださったんです。四代目坂東鶴之助(後の富十郎氏)さんを呼んで、女方の振りまで付けてくれた。「楽しんでやりなさい。苦しんでやるのは我々プロ。アマチュアは楽しむこと」と教えられました。

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