■結婚して子どもが生まれ、男として強くなれた

板垣 輪島(功一)選手も同じシチュエーションで行かなかったのを、ずっと後悔しているって話をしてくれたことがある。そういう選手は強くなる。やっぱり、みんなが見たいのは、勝者じゃなく勇者なんだ。そういう意味では山中選手は勇者なんだよ。そうそう、もう一つ、山中選手の強さを思い知った話がある。奥さんの沙也乃さんに聞いたんだけど、山中選手は試合に行くときでも、ジムに行くときでも、(テンションが)ぜんっぜん変わらないですよって言ってたの。

山中 普通、ボクサーって、試合前はけっこうピリピリしますからね。

板垣 そうだよ。減量するとピリピリするのは、半ば常識じゃない。具志堅(用高)さんも現役だった頃、試合前の減量中に、行きつけの喫茶店で1杯の水だかコーラだかを鬼気迫る顔でジーッと見てたって。具志堅さんですらそうなのに、変わらないってすごいよ。

山中 僕は結婚して子どもが生まれて、男として強くなれた部分もありますね。ボクシングを仕事と思えるようになったんです。家族を食べていけるようにしないといけない。それは僕の結果にかかっているわけですから。

板垣 太平洋戦争のときにね、若くて体力のあった若い男のほうがバタバタ死んで、生き残ったのは既婚者だったって聞いてる。俺も漫画家デビューが32歳で遅かったけど、家族がいて、絶対に潰れられないから、当たり前に頑張ったし、当たり前に頑張れた。それに、当時、俺の親父が倒れてさ。これで俺が潰れたら全員が潰れる状況だったんだ。でも、俺はそのとき、面白いことになってきたって思えたんだよ。当時の担当に「ここから這い上がれたら、絶対にカッコイイぞ」って言った覚えがある。

山中 そういう後のない危機感は、僕も常に持っていました。プロデビューの時点で、1敗したら引退しようって考えていましたから。結局、2つの引き分けはあったけど、チャンピオンになってからも常に危機感を持ち、それを楽しんで試合に臨めました。だから、強くなれた部分はあったと思います。僕は追い込まれなきゃダメなタイプなので、試合も強い相手と組んでもらうようにしていましたね。

板垣 山中選手は、なんか急に強くなって目立ち始めた印象があるんだよ。アマチュアの頃は、そうでもなかったでしょ?

山中 大学時代はサボってたって言うか、ボクシングに対する情熱がなかったんですよ。なんとなく消防士の試験も受けたけど、勉強もしてないから、当然落ちるわけです(笑)。大学の4年生で全国大会に出ても、練習はしてないんで負けました。そのときに後悔して。そこでプロになったんです。

板垣 プロ入りするとき、トップアマは鳴り物入りでジムへ入るけど、山中選手はそんな感じじゃなかったよね。

山中 当時の帝拳ジムは、アマでも実績を残したトップレベルばかりで、まったく目立たなかったですね。

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