■人気歌手の江利チエミと結婚

 松田が暴行事件を起こした75年、高倉は『神戸国際ギャング』を最後に東映を退社してフリーになる。「高倉と東映は、東映本社の喫茶店で美空ひばりや中村錦之助などが所属する芸能プロの面接中に、東映のマキノ光雄専務にスカウトされて入社してからの縁。東映映画だけで183本に出演し、『ひばりの花形探偵合戦』(58年)など美空と数多く共演しています」(当時の東映関係者)

『文藝春秋』15年1月号に掲載された「高倉健最期の手記」で述懐している。〈その後、美空ひばりさんとの共演の機会が度々あり、歯車が違っていたらお嬢のマネージャーだったかもしれないと雑談したことを覚えている〉

 2人の共演は、大スターだった美空が相手役に高倉を指名したのが始まり。高倉たち東映の若手俳優を横浜のひばり御殿に呼んで大宴会を開くなど、美空は高倉に夢中だったという。「健さんはごちそうになったお礼にと、全員を引き連れて裸踊りを披露したこともありました。ひばりさんはびっくりして笑い転げ、大喜びしていました」(当時の東映の若手俳優)

 しかし、高倉の意中の女性は美空ではなく、学生時代から憧れ、映画『恐怖の空中殺人』(56年)で共演した大物人気歌手の江利チエミだった。「チエミさんの楽屋に足しげく通い、猛烈にアタックしたようです。2人は59年2月16日に、日比谷の帝国ホテルで挙式。東映の大川博社長、片岡千恵蔵、美空ひばり、力道山の他、芸能・スポーツ界の著名人が門出を祝いました」(当時の興行関係者)

 プロ野球選手の長嶋茂雄王貞治とも交遊があった。「毎年正月に成田山新勝寺の初詣に同行するなど、特にミスターとは親密な仲でした。知人の結婚式にめったに出席しない高倉が、長嶋一茂の挙式に列席するため、箱根を訪れたときは、マスコミが大騒ぎしました」(スポーツ紙デスク)

 チエミと離婚後、映画で共演した十朱幸代や大原麗子と噂になり、児島美ゆきとの半同棲生活が報道されたこともあったが、高倉は独身を通している。「健さんが生涯で愛した女性は、チエミさん一人でしょう。『鉄道員』(99年・東映)の挿入歌で、チエミさんの代表曲『テネシー・ワルツ』が流れたときに、映画ファンはそう感じたはずです」(映画ライター)

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