■薩摩の黒豚は肉が引き締まり、脂肪が少ない

 さらに、鹿児島で忘れてならないのが黒豚だ。ビタミンB6やカリウムが豊富なサツマイモで焼酎を作った残りかすを、餌として与えられているのが薩摩の黒豚。一般の豚に比べて肉が引き締まり、脂肪が少ないのが特徴だ。江戸時代まで、建前としては獣肉食の禁忌が守られていた。牛肉を食べることが文明開化の象徴として考えられ、すき焼きが流行したのは、明治時代に入ってからだった。「戦国時代から薩摩では豚肉を“歩く野菜”と呼び、戦場へ生きた豚を、そのまま連れていき食する珍しい肉食集団でした」(前同)

 幕末、薩摩の島津斉彬と交遊のあった水戸藩主・徳川斉昭は、この黒豚を「いかにも珍味、滋味あり、コクあり、なによりも精がつく」と絶賛。水戸徳川家出身の最後将軍・徳川慶喜が「豚一様」と呼ばれるほどの黒豚好きだった話は有名だ。禁忌はどこへやら、遠方の水戸の殿様たちが絶賛するくらいだから、西郷が黒豚を食べなかったはずはない。

 奄美大島に流された西郷は大久保利通に手紙を送り、「豚みたいになってしまった」とこぼしているが、「奄美では豚を使う料理が多い」(前同)という。黒豚ばかり食べて西郷は丸々と太り、愛加那(2番目の妻)ともフルスロットルだったのか……。『「和の食」全史』や『武将メシ』など、多くの著書がある食文化史研究家の永山久夫氏が言う。「当時の成人男性の身長は150センチほど。西郷さんが約180センチとずば抜けて高かったのは、当時の薩摩藩の食生活と関係があると思います。その理由は、豚料理をよく食べていたからでしょう。薩摩藩には、中国から琉球を経て豚が入って来ていましたからね」

 鹿児島の黒豚料理の代表格が、その名もズバリ「トンコツ」。西郷も、このトンコツが大好きだったという。永山氏が、こう続ける。「トンコツは骨ごとグツグツ煮て丸かじりするもの。当然、骨を作るカルシウムを多くとることになります。また、鹿児島は太陽の恵みが大きいですからね。太陽をたくさん浴びると、カルシウム吸収を促すビタミンDが体内で生成されます」

 こうして西郷のような大男が、鹿児島で誕生したのかもしれない。鹿児島にはまだまだ絶倫食があるという。「地元でよく獲れるイカやタコ、貝類にはタウリンが多く含まれています。明治になって、政府は欧米人に対抗して日本人の身長を高くしなければならないと考え、肉食を推奨するようになりますが、薩摩藩は、それを先取りしていたわけです」(永山氏)

 このほか、薩摩の郷土料理でよく使われる鶏にもアルギニンがたっぷり。血行促進を促す作用もあり、いざというとき、ビンビンにしてくれる効果があるのだ。

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