<わたしたちはすぐ、広すぎる世界のことを考えてしまう>

 いまでも定期的に、まわりに比べて流行りについていけない自分、いつまでもファミ通.comで新作ゲームをチェックしてしまう自分、好きな服がダサいかもしれない自分、デパートコスメのカウンターに座る自信がなくて薬局でコスメを買ってしまう自分、自分だけがまわりからおいてきぼりになってしまっているような自分…と、まわりの幸せに基準を合わせて落ち込んでしまうことがあります。

 わたしたちはすぐ、広すぎる世界のことを考えます。

 自分の生活範囲外のすべてに目がむいてしまい、「ほかのみんな」という大きすぎる概念と自分を比べようとします。

 そして、誰と比べても自分だけがだめで、自分だけがダサくて、自分だけが…と思ってしまいます。

 でも、目指したいものはほんとうにそんな遠い場所のことだったのか、自分が欲しいものはほんとうにそんなに高価なものだったのか、着たい服は雑誌の表紙にのっていた服だったのか。あれ、わたしはなにが好きで、なにをしていると楽しいんだったろう?

 そんな気持ちになるたびに、つんく♂さんの作った歌を聴きます。できるだけ明るくて、その中で漏れてしまう本音が1行だけまざっているような弱くて強くてかわいい歌を。明日がいつも新しい明日ではなくても、今日がただ続いてしまっただけの日であっても、いつもと同じ日であっても、自分の好きなものはちゃんと自分の部屋のなかに存在している。急に、自分がないがしろにしてしまった、手の届く範囲のことに気がつきます。

 たとえば、部屋にかざったポスターのこと。

 たとえば、つぎの休みに行きたい喫茶店があるということ。

 たとえば、明日のお昼はどこで食べようかという楽しみのこと。

 自分の人生をないがしろにするクセは自己嫌悪をするだけなのに、つい、またやってしまうのです。そして、日常のなかで大切にしたいことを勝手に色褪せさせてしまっていたことに気づかされます。

 結局、つぎの休日もデパートコスメは買わずに、「オクトパストラベラー」(Nintendo Switchのゲームソフト)を買いました。長い雨がやむかどうかではなくて、晴れの日があるから雨の日が来てしまうだけだということ。あまりキラキラはしていないかもしれないけれど、わたしの毎日は、ちゃんと自分にとってはすばらしいものであってほしい。