大森望の極楽アイドル沼 第6回
松井玲奈の2作目の小説「ジャム」(小説すばる2月号)に度肝を抜かれた。松井玲奈って、こんなホラーも書くのか!? いやむしろ、今風に言えば、ホラーじゃなくて“ストレンジ・フィクション”か。日常の中に非日常が侵入してくるタイプだが、そのイメージがじつに独特。研ぎ澄まされた言語感覚が最大限に機能している。なにしろ、書き出しの一節がこう。
僕のお父さんは一人じゃない。夜、仕事から帰ってくるお父さんの後ろには、真っ白な顔で洋服を着ていないお父さんが三人並んでいる。
お父さんが増殖する話はそう珍しくない(!?)が、顔が真っ白で裸だという点がユニーク。しかも、「白いお父さんたちの歩いた後には、ナメクジが通ったみたいに濡れているのに、キレイ好きなお母さんはそれを拭こうとしない」という。
語り手はこの家の一人息子で、小学生の健太。帰宅したときのお父さんは、三人だったり七人だったりするが、なぜか朝になると、いつもひとりに戻っている。
この不思議な現象とともに、ご近所の家の庭に奇妙なオブジェが置かれはじめる。健太の家に出現したのは、台座に載った巨大な天使のオブジェだった。いったいなぜこんなものを庭に置くのか?
ネタバレになるので詳述しないが、その意外な理由は、物語が進むにつれて明らかになる。そして、「ジャム」というタイトルの意味も……。