沢田研二「恩人・内田裕也への弔電拒否」に噴出する「なぜ」!?

 3月17日に肺炎のために亡くなった、ロックンローラーの内田裕也さん(享年79)。4月3日、港区の青山葬儀場でお別れ会「内田裕也 Rock‘nRoll葬」が行われ、内田さんと樹木希林さん(享年75)の長女でエッセイストの内田也哉子氏(44)が喪主を務めた。

 お別れ会での也哉子氏による「Fuckin’ Yuya Ucida,don’t rest in peace just Rock’n Roll!」という「安らかに眠るな、ロックンロールであれ」という英語での謝辞が話題に。「さすが樹木希林さんと内田裕也さんの娘さんだ。素晴らしい」「内田也哉子さんの言葉、すごいな。こんなに聞き入ってしまうお別れの言葉はないな」と、ネットでも絶賛のコメントが多数投稿された。

 そんなお別れ会には、俳優の岸部一徳(72)をはじめ「ザ・タイガース」のメンバーそれぞれから供花が出されたことも注目された。

「ザ・タイガースといえば、1966年に大阪のジャズ喫茶で演奏していたところを内田さんにスカウトされ、のちにグループサウンズのバンドとして日本中を一世風靡しました。今回のお別れ会で、ザ・タイガースのメンバーがそれぞれ花を出すなか、“ジュリー”こと沢田研二(70)だけはなぜか花を出していなかった。そればかりか、内田さんの遺族から弔電を依頼されてもかたくなに拒否したそうです」(芸能プロ関係者)

 内田さんは沢田研二のデビューに関わった恩人といえる人物だ。さらに昨年10月18日、沢田が前日の17日にさいたまスーパーアリーナのコンサートを客入りが悪いことを理由にドタキャンし、騒動となっていた際に、内田さんは自身のツイッターに「ファンの皆さん、応援よろしく! 沢田、ガンバレ! Rock’n Roll! 内田裕也」と、沢田を激励する投稿をしている。奇しくもこれが内田さん最期のツイートとなった。

「3月26日に亡くなった“ショーケン”こと萩原健一さん(享年68)はかつてグループサウンズバンドの『ザ・テンプターズ』で活躍し、ジュリーとはライバル関係にあった。さらに両バンドのメンバーで『PYG』というバンドも結成しています。にもかかわらず、ジュリーは萩原さんの訃報の際にもコメントを出していません。業界関係者の間では“最近のジュリーは頭が硬すぎる。柔軟さがなくなってしまった”と、不思議がる声が少なくありません」(前出の芸能プロ関係者)

 ジュリーに何があったのか。

 草葉の陰の裕也さんとショーケンは、泣いているか、怒っているか、それとも笑っているか……。

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