朗読詩人 成宮アイコ エッセイ
「愛せない日常と夜中のイヤホンで流れるアイドル」
朗読詩人の彼女が、大好きなアイドルのことと、なかなか好きになれない自分と生活のことを綴る連載。その第6回は、tipToe.についてです。
■アイドルの歌詞に思い出した風景…は、嘘だった
好きな音楽を聴いて、風景が浮かぶことってありますよね。わたしもあります。
たとえば、暑い放課後の坂道だとか、制服自転車だとか、好きな人の背中を目で追った廊下だとか、思いを伝えられなかった卒業式だとか。
そんな風景を思い出して、「もう二度と戻れない…自分は大人になってしまったんだ…」と息がとまりそうな気持ちになること。
tipToe.さんの「茜」を聴いていたら、頭の中にたくさんの風景が浮かび、思わず泣けてしまいました。
ただ、その風景が虚像だとしたら……。
わたしは高校生のときに不登校気味だったため、朝から放課後まで通して出席した日は少なく、3年生になるころには科目ごとに授業日数をカウントし、そこから祝日分をマイナス、卒業するのに必要な登校日数を割り出すというはてしなく面倒なことをして通っていました。今になってみれば、それだけの労力をかけるなら普通に学校へ行ったほうが楽なんじゃないかと思いますが、当時はそのほうがきつかったのでしょう。
そんな学生時代を過ごしていたため、冒頭に書いた風景なんてもちろん自分の体験にはありません。
じゃあなぜ、夏の草の匂いだとか、海の潮風の匂いだとか、自転車で坂道をかけあがるときの風を感じたのか。
よく考えてみると、思い出した景色は、高校時代に過ごした地元の風景ではありませんでした。
そして、3次元の世界ではないときすらあります。
そう。
わたしが思い出しては「もう戻れない…」なんて切なく感じていたのは、ひとりで見たアニメやゲームの景色でした。
冷静になって考えてみます。
内緒でのぼった屋上は、友だちとコイバナをするためではなく、休み時間にひとりでいても大丈夫な場所を探したから。
応援練習の帰り道は、そもそも早退をして練習になんて出ていなかった。
海までの坂道は、学校にいくふりをして自転車でむかっただけで……でも、これはひとりでなかった。
当時わたしには、知らない学校で同じく不登校気味だった友人がいました。
友人と言えるのかどうか、それにも満たないかもしれない関係性でした。