中森明菜「妹急逝」ひとりぼっちの父が聞きたい「あの名曲」
画像はイメージです

 歌手の中森明菜(53)の妹で、元アイドルの明穂さんが5月27日に亡くなっていたことを、6月11日発売の『FLASH』(光文社)が報じた。死因は肝硬変。52歳の若さだったという。

「亡くなって2日後の5月29日、明穂さんの葬儀が都内の葬祭ホールでしめやかに営まれました。葬儀には中森家の親族も勢ぞろいしたということですが、明菜は姿を見せなかったそうです。家族が明菜に知らせようと試みたようですが、“連絡が取れなかった”、と父親の明男さんが話していたと、『FLASH』では報じています」(女性誌記者)

 1988年に明穂さんは下着姿を披露した写真集を出版。その際、ひと言も相談がなかったことに明菜が激怒し、2人の仲は悪化してしまったという。

 あるベテラン芸能記者は話す。

「父親の明男さんと明穂さんは2人で東京郊外の家に暮らしていました。私が取材したときは、家の外壁には当時の明菜ファンによる落書きがまだ残ったままでしたね。6年くらい前になりますが、自宅前で明穂さんが歩いて来る姿を見たときは、“明菜が来た”と錯覚するほど、そっくりでしたね。明穂さんは青い事務員服のような服装でした。会社勤めをしているようでしたね。

 明菜は2014年の『NHK紅白歌合戦』に出場。その後、2016年、2017年末にディナーショーを開催して以来、表舞台に出てきていません。2017年のディナーショーのときも、彼女は頭につけていた冠が落ちてしまうほど、ガリガリに痩せ細っていました。明菜自身の体調も非常に心配ですが、妹の葬儀にも出席しないとは……それほど深い断絶があったんでしょうか」

『FLASH』の取材に対して、明男さんは、「ぜひ(家に)来てほしい。お姉ちゃんたちも会いたがっています。明穂の最期がこういう状態だったということは、明菜に伝えておきたいですから……」と話したという。

「父の明男さんは取材の際に、最後にもう一度聞きたい明菜の曲として『スローモーション』を挙げていましたね。デビュー当時の、初々しい彼女が大好きだったんでしょうね……」(前出の芸能記者)

 1982年5月1日に発売された中森明菜のデビューシングル『スローモーション』。明穂さんが亡くなり、ひとりぼっちでの生活になる明男さんの思いは、明菜へ届くのだろうか……?

あわせて読む:
・平成芸能史を振り返る あべかすみ「中森明菜と近藤真彦の金屏風会見」
・松田聖子と中森明菜「あなたには負けない」アイドル黄金時代の大スター36年秘話
・松田聖子、中森明菜、斉藤由貴…80年代正統派アイドルたち「早熟な美ボディ」