乃木坂46
※画像は乃木坂46のシングル『夜明けまで強がらなくてもいい』(通常盤)より

乃木坂46「個人PVという実験場」

第1回 「演じる者」としての乃木坂46 2/4

 乃木坂46というアイドルグループを特徴づけるもののひとつとして、シングルリリース時に制作される「個人PV」がある。現在既に数百の作品があり、今も増え続ける個人PVは、グループにどのような豊饒さをもたらしているのか。MdNムック『乃木坂46 映像の世界』で個人PV全作品解説を担当したライターの香月孝史による、個人PVに焦点を当てた連載がスタート。

■ショートムービーの見本市

 乃木坂46はデビュー時から、シングルリリースのたびにメンバー一人一人を主役にしたショートムービーを制作し、CDに付属する特典のDVDに収録してきた。個人PVとはこの映像企画を指す言葉である。

 特筆すべきは、形式上シングルCDの「付録」であるにもかかわらず、この企画には異常なほどの手間がかけられてきた点だ。まず原則として、ひとつのシングルにつきリリース時の稼働メンバー全員分の個人PVが制作されるため、たとえば2012年のデビューシングル『ぐるぐるカーテン』(稼働メンバー33人)であれば、楽曲MVのほかに33本の個人PVが制作されている。

 さらに、各メンバーの個人PVは基本的にそれぞれ別々の監督によって手がけられる。つまり『ぐるぐるカーテン』でいえば、あくまで楽曲本編とはかかわりのないこの企画のために、33名のクリエイターを招聘したことになる。おおよそこれに準ずる規模感のクリエイションが、乃木坂46のシングルリリースのたびにおこなわれていった。

 各作品の内容はほぼ、監督を務めるクリエイターの自由に任され、乃木坂46メンバーがアイコンとしてその映像のなかに存在しさえすれば、ドラマでもドキュメンタリーでも音楽的な作品でもよく、どのように作家性が露出していても構わない。

 個人“PV”と名付けられてはいるものの、素直な意味でのアイドル個人のプロモーション映像である必要はまったくない。それゆえ個人PVは、自由度の高いショートムービーの見本市のような趣をみせ、映像作家の可能性が投じられる場として存在してきた。

■アイコンを演じる乃木坂46

 たとえば、それら数ある個人PVのなかから広く話題を呼んだもののひとつが、5thシングル『君の名は希望』(2013年)に収録された伊藤万理華の個人PV「まりっか’17」である。

https://www.youtube.com/watch?v=gw0KXYpzQws

 この映像は監督の福島真希や音楽を担当した福島節、振付の菅尾なぎさらが手がけた世界観の妙によって、個人PVの歴史上でも屈指の人気作品となった。

 他方で演者に目を向ければ、この作品のなかで伊藤が上演しているのは、彼女自身そのものでもなく全くフィクショナルな人物でもなく、そのあわいにある「まりっか」というアイコンである。

「まりっか」というフレーズはアイドルとしての彼女の愛称としても定着してゆくが、彼女のアイデンティティがこの言葉に回収されてしまうわけではない。いくつも作られてきた個人PVのなかで、ある作品ではより明確にフィクションの人物を演じ、また別の作品ではより「伊藤万理華」自身に近いと感じさせる一面を上演する。ひるがえって、「まりっか」もまた彼女が演じてみせるアイコンのひとつにすぎない。

 このように、本人になかば紐づくものでありながら虚構でもあるような何者かを演じる契機が、乃木坂46の個人PVという企画には随所に立ち現れる。

 もとより、メジャーフィールドで活躍するアイドルは、メディアにおいて本人とフィクションとが混ざりあった、多様なアイコンを日々上演するという職能をもつ。楽曲を歌い踊り、企業広告や各種キャンペーンのキャラクターを務め、ドラマや映画で登場人物となり、SNSで立ち振る舞う。

 そこに含まれる虚構と現実との塩梅はそのつど違えども、彼女たちはこれらいくつもの場面でアイコンを演じ続ける。いわば、さまざまな位相の「演じる」に従事する人々である。その意味で、個人PVはアイドルの基本的な職能をはぐくむ場ともいえる。

 そしてまた、先に述べたように個人PVは映像作家たちの可能性を見出すフィールドでもある。特にこの企画が単発に終わるのではなく幾年も継続してきたことで、乃木坂46の内に独自の映像文化が形成され、同時にこのグループと映像作家たちとの関係性も紡がれていった。やがてこれらの蓄積はMVをはじめとするグループ全体のクリエイションを豊かなものにしてゆき、さらには欅坂46や日向坂46といった後発グループのコンテンツづくりを支える礎になっていく。

 この連載では個人PVという企画を通じて、「演じる者たち」としての乃木坂46メンバーと映像作家たちのいとなみとが交わり合って生まれる、このグループ特有のカルチャーの一端をとらえてゆきたい。

乃木坂46「個人PVという実験場」

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