■高倉健や石原裕次郎も

 東映の大スター・高倉健(享年83)の本音は、63年10月24日号に掲載された。この時点で健さんは32歳。俳優としてのキャリアは、10年にすぎなかった。「10年たって、まだ、これだけかっていう反省だけが残ります」

 健さんは若き日から、いたって謙虚なのである。「63年といえば、東映任侠路線の第1作『人生劇場 飛車角』の公開年。つまり、健さんが任侠スターとして地位を確立する前夜なんです。また、江利チエミさんと幸せな結婚生活を送っていた頃でもあります」(映画ライター)

 64年1月26日号では、日活の大エース・石原裕次郎(享年52)のインタビューに成功。 モテモテの裕次郎には、迫ってくるオンナの中に、当然、お断りしたくなるタイプがいた。「しつこい女、やたらおしゃべりな女、汗臭い女、ストッキングの後ろの線がひん曲がっている女……これ以上いうと、女性を侮辱することになっちゃうから、これくらいでカンベンしてください」

 最後に、きちんとフォローを入れるあたりがニクい。逆に“色っぽいと思う女”について、こう答えた。「恥じらいなんていうのは最高だね。これは日本独特でしょう」

 “女らしい女のタイプは”「内緒だけどね、これはウチのカミさんなんだ」

 最後に、妻の北原三枝を持ち上げる模範解答に脱帽である。「前年、石原プロを設立し、映画製作者としての道を歩み始めていた裕次郎さんはまだ29歳。何から何までスケールが違うのでしょう」(映画雑誌編集者)

 裕次郎と同じく日活出身の“マイトガイ”小林旭(81)の本誌登場は、意外にも平成になってから。約14年ぶりの主演映画『修羅の伝説』の宣伝を兼ねて、美川憲一と対談をしている(92年1月27日号)。「久しぶりに主演なさって、現場はどうでしたか?」と美川に問われると、肩を落として答えた。「がっかりしたことはたくさんあるよ。昔だったら、“バカヤロウ!”と言われて蹴っ飛ばされるようなことが、今じゃ当たり前で通っちゃうわけだよ」

 かつての日活や、東映移籍後の『仁義なき戦い』シリーズの撮影現場に比べると、なんとも生ぬるいものだったようだ。美川に夜遊びについての質問をされると、「今は面白くない」「オンナもガキばっかり」と嘆き、往年の銀座を懐かしむ。「昔は絶対やらせないやつは、どこまでいってもやらせない。そういう女がいたわけさ。(中略)それを、なんとか口説いて落とした日の喜びというのは、言葉にならないものだった。それで、クラブに通ったわけだよ」

 これぞ、昭和の映画スターなのだろう。

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