■「ビーンボールまがいの球も平気で…」

〈以前、私は選手の性格を判断するのに、タバコを買いに行かせたことがある。キャッチャーは、最初に必ず銘柄と個数を確認してから買いに行く。これが内野手になると、ほかにも欲しい人がいるかどうかを聞いてから行く。外野手はいかにも「しょうがねえな」という顔をして出て行く。面白いのはピッチャーで、監督が頼んだにもかかわらず若い選手に行かせてしまう。〉(『女房はドーベルマン』=以下、引用はすべて同書より)

 続けて、

〈さらに、部屋のスリッパの脱ぎ方にも個性の違いが出る。ピッチャーはスリッパが山ほど散らかっていても上から歩き、そのまま脱いでしまう。内野手は片付けるようにと若い選手に注意しながら脱ぎ、外野手は散らかっているのを少しも気にせず自分の分だけ揃える。散らかっているスリッパをちゃんと揃えるのはまずキャッチャーである。〉

 と書く。そして、予想通りというべきか、

〈沙知代はまぎれもなくピッチャー。キャッチャーには絶対なれないタイプだ。おそらく本人もそれを自覚している。〉

 と続く。しかし、そこからがノムさんが超一流たるゆえん。サッチーが投げるボールを自分は受けるだけだが、いろんなボールを投げてくるから実に面白い、と書いて、

〈コントロールが悪いから、暴投も多い。ビーンボールまがいの球も平気で投げ込んでくる。それでも、ときに素晴らしいボールを投げることがある。百五十キロを超える快速球が私のミットに心地よく吸い込まれる。ひょっとすると、そんな素晴らしいボールに私は惚れたのかもしれない〉

「野球人として、これ以上ない愛の表現ですよ。野球でキャッチャーは女房役、と言われますが、野村夫妻では夫のノムさんが女房役を務めていた。誰にもうかがいしれない愛情があったんです」(ベテラン野球記者)

 いまごろ天国で、野村監督と沙知代夫人はボールを交わしているのだろうか。心から、ご冥福をお祈りいたします。

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