■全勝優勝という大輪の花

――親方のそうした勝負師としての思いも、多くの人に応援されてきた部分だと思います。15年の現役生活の中で、記憶に残っている取り組みはありますか。

武 自分の中でターニングポイントになったと思うのは、12年春場所。このとき自分は前頭6枚目だったんですが、千秋楽に大関・鶴竜関と対戦して、いい相撲で勝ったんです。これがすごく自信になって、次の場所で関脇に上がって、そこからも長かったんですが(笑)、関脇から落ちることはなかったんですよ。

――大関昇進となったのは14年でしたね。

武 14年も記憶に残っていますね。春場所12勝、夏場所8勝で、次の名古屋場所で13勝を挙げれば、大関昇進という状況だったんです。それなのに、前半戦で2敗してしまって……。そんな中、迎えた11日目の横綱・白鵬戦。なかなか勝てなかった横綱に勝ったことで、自信になりましたね。そして13日目から3連勝して、なんとか大関に昇進することができたんです。

――大関昇進の口上「謹んでお受けいたします。これからも大和魂を貫いて参ります」は、印象的でした。

武 大和魂という言葉の解釈はいろいろあると思うんですが、自分はヤセ我慢を含めた我慢強さだと思っているんです。力士なんだから、痛いところもあるし、悔しくて泣きたいときもたくさんある。でも、そういう部分を表に出さない。言い訳をしない。そうした力士でありたいと思ったんです。

――そして大関昇進後、3度目のカド番で迎えた16年秋場所、全勝優勝という大輪の花を咲かせます。

武 大関昇進以来、毎場所優勝を狙っていましたけど、まさか全勝できるとは……。13日目、日馬富士関に勝って13戦全勝になって、翌日にも優勝が決まる――という状況になったときは、さすがに一睡もできなかった。自分は緊張するタイプじゃないと思っていたのに、意外と“緊張しい”なんだなって思いましたね。何度もカド番を経験して、それでも師匠、おかみさん、応援してくれる人たちに支えてもらったから、優勝を果たせた。地元での優勝パレードでみんなが喜んでくれている姿を見て、お腹いっぱいになりましたね(笑)。やっと恩返しできた瞬間でもありましたね。

――この優勝の後、綱獲りを期待されたわけですが……。

武 そうですね……。このとき、自分では「どうしても、横綱になるんだ」という気持ちにはならなかったんです。力士の中には、「横綱になりたい」と、目標を口に出して言う人がいますけど、自分は別のタイプなんです。「横綱を狙う」なんておこがましいというか、堂々と人前で口に出しちゃいけない気がしていました。でも、今になって考えてみれば、有言実行じゃないですけど、言葉に出せばよかったのかな、そうしていたら、どうなっていたんだろう……と思うこともありますね。

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