林家彦いち(左)、夢枕獏(右)。(写真提供/寺田克也)
林家彦いち(左)、夢枕獏(右)。(写真提供/寺田克也)

バナー題字・イラスト/寺田克也

 

さて、ちょっと趣向を変えて、落語家・林家彦いち師匠に書き手としてご登場いただきます。この企画の発起人である夢枕獏さん、バナーのイラストと題字を描いていただいた寺田克也さんとは旅仲間だそう。ご自身も学生時代は極真空手の道場に入門し、その拳を鍛えた経験も。そんな彦いち師匠の外弟子には、なんと伝説のキックボクサーがいるらしい。弟子入りのきっかけから、噺家としての顔まで、あれこれをつづっていただきました。

 格闘技をやる側でもなければ取材する側でもない。格闘家の闘いを遠いところから観戦し、刺激と勇気をもらっている側である。

 グラップリングや総合格闘技はテレビ中継のほうがいろんな角度から見られてわかりやすいのだが、会場の格闘家から伝播するヒリヒリ感に魅了され「がんばれ格闘技!」と叫ぶ1人。

 今回の席亭の夢枕獏さんとは格闘技観戦仲間で、釣り仲間でもあり、旅仲間で……いや、世界中で遊んでもらっている。

 格闘技の客席に噺家がいるように、寄席のお客席にもプロレスラーや格闘家の方がいることもある。

 入門した頃、大御所のある師匠が舞台袖から「あの厳ついとーすけ(楽屋用語で顔のこと)の人、よく来てるねぇ、何者だろうねぇ」とお客席を目で指したのでそっと見たらキラー・カーン選手だったこともあった。楽屋でわかったのは僕だけだったので一生懸命説明した。

 あれは確か2009年だったと記憶している。定期的に開催している下北沢での落語会の後、楽屋に1人の目の鋭い男が訪ねてきた。少なくとも噺家のソレとは違う匂いだ。

「あのぉ、ちょっとお話がありまして……」。ぼそぼそ言葉少なく喋っている。現場で一度ちょこっとだけ会ったことがあった。現場は映画の現場。その時も驚いたのだが、再び驚いた。

 他の人もいる楽屋では喋りづらそうだったので、場所を変え表に出た。今日演じた「噺」の中で気にいらないところがあってそれを指摘され、紳士的解決が出来ず、ひょっとして胸ぐら掴まれたら……と明るいところを選んだ。

 舞台上の話し言葉は文法通りではなく、座布団の上の興奮状態では、サービスの追い風もあり予想外の言葉が飛び出し誤解を招くことが稀にある。もちろんこれまで胸ぐら掴まれたことなどないのだが。

「話ってなんでしょうか?」と答えると

 じっと僕を見て彼は「あのぉ、弟子にしてください……」

「えっ!?」

 彼の名前は小林聡。伝説のキックボクサーであることは知っている。雑誌や映像はもちろん後楽園ホールで見たこともあるぞ。

「ど、どういうことですか?」

「自分が熱くなることを、一からやりたいんです。ちゃんと修行したいんです。なんでもやります」

 と深く頭を下げた。邪な考えでないまっすぐな気持が伝わってきた。それもあるジャンルでひとつ成し遂げた人でもある。

 仮にこっちが大御所で弟子もたくさんいれば対応出来たが、年齢だってそんなに変わらない元プロキックボクサーからの弟子入り発言にはどうしていいかわからなくなった。

 真打ちなので弟子はとることは出来るが、僕には当時まだ弟子はいなかった。というかとってもいなかった。

 僕が所属する一般社団法人落語協会では、弟子入門志願者で前座になれるのは30歳までと定められている。それを伝えた。だからと言ってその気持ちを無下にするのも嫌だったので、話を聞いた。

 その頃、彼自身人を雇っての仕事も抱えていたので、年齢制限をクリアしても前座修行と兼ねることは難しかったかもしれない。

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