夢枕獏紫綬褒章受章感謝祭「スック・ワン・バク」では師匠と揃い踏みで噺を披露した
夢枕獏紫綬褒章受章感謝祭「スック・ワン・バク」では師匠と揃い踏みで噺を披露した

バナー題字・イラスト/寺田克也

 

「がんばれ!格闘技」発起人の夢枕獏さんの旅仲間でもある落語家の林家彦いち師匠が、扇子をペンに持ち替えての登場です。かつて「野良犬」と呼ばれた伝説のキックボクサーが突如として、彦いち師匠に弟子入りを直談判。電撃的な弟子入りから、おおよそ10年。小林聡の現在はいかに。※前編はこちらから

 

 落語の楽しみを知った元キックボクサー小林聡改メ「小林家さとし」は次々と噺の数を増やしている。なんたって落語10年選手。

 とにかく汗を流すことを厭わないのは格闘技を経験したことはかなり大きいはず。
格闘家はリングやオクタンゴンに入り、闘いが終わりソコから下りる時には気持ちは同じではない……はず。時にはとりまく環境が変わることだってある。

 我々噺家だって、扇子と手拭いのみで高座に向かい座布団へ座り、噺をお客様に語る仕事。高座を終え下りる時に別の心持ちになっていることも少なくない。
家で1人で壁に向かってやってたらただの独り言なのだが、お客様に前にさらされ出された時に絶妙な技術、間が生まれてきた。

 格闘技。身ひとつで鍛えられた肉体、五感全てがぶつかり合う。美しい。
僕はスポーツでここまで熱くなるのは格闘技しかない。

 さて、そこを経由した小林家は、野良犬と呼ばれていることも知っていたので、古典落語「元犬」を稽古してみた。犬が人間に生まれ変わって次々と珍事が起きる噺。

 聞くと、ビションフリーゼを飼育してる。野良犬と言われる男は、膝の上であのフワフワの毛を撫でているらしい。

 しかし犬を演じている彼はまさに野良犬だった。元犬というより「元人間」のよう。

 そういえば、落語を始めた頃稽古が終わり、ふと雑談をした時、元プロサッカー選手の中田英寿さんの話になった。すると小林家が正座していた足を伸ばし、着物の足元をがばっと開きながら「彼はまだ自分探ししてるんですかね?」と笑っていた。

 どうやら小林家は見つかっているのかもしれない。

 熱心なのはいいのだが、何かオカシイとこもある。

 落語の登場人物も八っあん、熊さんではピンこないようで、全く人物が動かない。誰なら感情入れて喋ることが出来るかと話してみたら、どうやら「千葉ちゃん」だと話しやすいようだ。知り合いなのか誰なのかよくわからないが取り入れることにした。というわけでかなりの確率で彼の落語の中に「千葉ちゃん」が登場している。誰なんだろう……。

 マクラ(噺の導入部にちょっとした小噺や体験談)を作る際、彼は実感タイプなので「身の回りの面白い友達とかヘンテコな人とかいるでしょう」と聞いても、「いないですねぇ」。

「思い出してみて」

「まぁ変な奴はいますけど、顔に傷があるとか、やたら金持ち逃げする人とか……そういえば僕同じ人に2回持ち逃げされましたよ」。

 極端な話だ。

「じゃぁ、過去やったことある珍しい仕事は?」と尋ねると、道路の停止線などの白線を引く仕事をしたことがあるという。

「その時何かあったでしょ?思い出して」と聞くと、澄んだ目で「そうですね、何度も『止まれ』って書いてたら自分の成長が止まってしまいそうだったので、嫌になって、一度『止まるな』って書いたら凄い怒られましたね。それくらいです」。

 怒られるのは当然だろう。そんな交差点あっても困るし。

 なによりそのマクラ、十分面白いじゃないか。

 なんて男だろう。語る側というか落語の登場人物側の人なのかもしれない。

主催するイベントで、プロデューサーとしてリング上から挨拶する小林
主催するイベントで、プロデューサーとしてリング上から挨拶する小林
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