■東のお笑いを作った先駆者

――ダチョウ倶楽部が3人組になったいきさつは?

肥後  南部さんが87年頃に脱退した理由はいろいろあるんですけど、どんどん過激な方向に行こうとしたんですよね。

上島  南部さんから夜中に電話がかかってきて、いきなり「竜ちゃん、ビー玉4個飲めるか?」って(笑)。すぐ断ったら、「面白くねえな、おまえは!」って突き放されて……。ちょっと悩んだもんね(笑)。

寺門  俺は「金魚4匹飲め!」って言われた(笑)。

肥後  それで、南部さんに、「僕らはテレビのゴールデンタイムに出演できるようなアットホームな芸人になりたいんです!」と伝えて、袂を分かったんです。

渡辺  そうなんだ〜。

肥後  ところがその数年後、『お笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)で、リアクション芸人として南部さんと共演するという(笑)。

寺門  袂を分かったのにクロスしちゃった。分かんないねえ、世の中は(笑)。

渡辺  3人組になったときは心配したけど、ラ・ママで、すごくウケたんだよね。そのとき肥後がリーダーになったのは、なんで?

肥後  いろいろ話し合ったんですが、コント赤信号と同じく、3人組で一番背が高かったからですね。

渡辺  全然、話し合いじゃないじゃん。それに、俺は背が高いからリーダーになったわけじゃないし(笑)。

上島  でも、ネタ作りをするとき、しっかりとまとめて構成できるのが、うちのリーダーだったんです。

渡辺  そこは俺と一緒だね。

肥後  実は僕、コントの作り方を渡辺さんから学んだんですよ。赤信号は売れた後も、深夜に道劇の楽屋で稽古をすることがあって、それをずっと見てたんです。そこで寝泊まりしてたから、「早く帰ってくれよ」とも思ってたけど(笑)。

渡辺  ネタを作っては壊し、作っては壊しって、延々やってたからね。

肥後  僕はそこで学んだわけだけど、確実に言えるのは、渡辺さんが新人コント大会を始めてなかったら、今の東のお笑いはないね。

渡辺  いやいや、俺としては、若い人が若い人の前でお笑いをやる場を作ろうと思っただけなんだけどね。

寺門  それがすごいですよ。

上島  僕らは『とんねるず』、ウンナン、そして『ダウンタウン』と同じ「お笑い第3世代」に括られることがあるけど、それ以降、ずっと若手を育成してるわけですから。

寺門  今や第7世代。渡辺さんは東のお笑いを作った先駆者ですよ!

渡辺  もっと言って(笑)。

寺門  歴史の語り人!

渡辺  そう考えると、もし、あのとき歌舞伎町で肥後に会わなかったら……。

肥後  今のダチョウ倶楽部はないですね。

渡辺  いやあ、人生が変わるのって一瞬なんだなあ。

だちょうくらぶ 肥後克広(57)、寺門ジモン(57)、上島竜兵(59)のお笑いトリオ。1985年結成。『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』などの番組でリアクション芸で人気を博し、売れっ子トリオに。93年に初めてゴールデンタイムで『王道バラエティ つかみはOK!』のMC、翌年には『24時間テレビ』でチャリティーランナーを務める。93年に流行語大賞の銀賞に輝いた「聞いてないよォ」、「訴えてやる!」など有名ギャグも多数。現在も数々のお笑い番組で活躍中で、10月2日(金)〜14日(水)まで、『芸道45周年細川たかし特別公演ダチョウ倶楽部一座旗揚げ公演』が、東京・明治座で開催。チケットは8月から販売。詳しくは明治座HPまで。

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