“球界の至宝”野村克也さんが亡くなってから約7か月。時に厳しく、時にユーモアにあふれた「ボヤキ」が一冊の本として蘇ることになった。その本のタイトルは『一流非難 プロ野球スーパースター異説』(双葉社刊)。ノムさんが生前、本誌で連載していた『プロ野球スター名選手 新ボヤキ論』をまとめたもので、9月18日に発売。「ボヤキ」といわれたノムさんの辛口コメントだが、それらは、けっして単なる愚痴や悪口ではなかった。南海時代に野村監督の下でプレーした野球評論家・江本孟紀氏は、こう語る。
「野村さんは、選手によく説教していました。有無を言わせぬ形で追い込むんですが、選手も、監督によく思われたいから頑張るしかない。もともと能力があるからプロになれたわけですが、考えることの重要性を言葉で叩き込まれたことで、その力を発揮できた選手がいたのも事実でしょう」
ノムさんの厳しい言葉は、選手やチームに対する期待の表れであり、愛情の裏返しでもあったのだ。そして本書にも、球界の後輩たちへの“最期のメッセージ”が散りばめられている。
たとえば、楽天監督時代の教え子、ヤンキース・田中将大には、大きな後悔を感じていたという。《「若いときの苦労は買ってでもせよ」ということわざもある。日の当たらない2軍で苦労を経験し、それを糧にして成長することが、将来の人間形成のうえで必要だったのではないか》
下積み経験のない田中。現在の活躍を見て「杞憂に過ぎなかった」とも記しているが、「人間的成長なくして、技術的進歩なし」はノムさんの持論である。
また、エンゼルス・大谷翔平に対しては、二刀流成功の要因に言及。天賦の才能以上に、“謙虚さ”を高く評価した。気になることを必ずメモするという大谷の習慣に触れ、《「自分なんて、まだまだ実力不足。もっと学ばなければいけない」心の中でそう感じているからこそのメモであり、向上心の表れでもある》と語り、「もっともっと高みを目指してほしい」と大きな期待を寄せていた。
そして、今や日米球界におけるレジェンドとなったイチロー。《私は、イチローのことが以前から嫌いだった》と、赤裸々に本音を告白したノムさんだが、同時に、2軍でくすぶっていたイチローにトレードを打診するほど、才能に惚れ込んだ存在でもあった。《イチローは、引退会見で「頭を使わない野球」や「日本のプロアマ問題」に対して危機感を訴えた。それは私も同意するところ》 願わくば、グラウンドで天才と知将の指導者としての邂逅を見たかった。
一方で、巨人・原辰徳監督に対する評価は実に厳しい。「選手起用や采配などに創意工夫を感じられない」と指摘し、こう続ける。《逆に言えば、充実した戦力がそろっていれば、そんなものがなくても勝つことができる。つまり、フロントの勝利とも言えるのだ》
しかし、この言葉の先に、ノムさんは、自分自身にも非難の言葉を向ける。《力に物を言わせる野球に、頭を使う野球で立ち向かおうとする指導者も見当たらない(中略)。これは私も含め、球界に関わってきた者たちが後継者を育てられなかったということ。その責任は大きい》
知将の味わい深い言葉を堪能してほしい。