■時間があると求人情報誌を見ていた

――ヘビーな現場が続いた、ということですが、当時、女優を辞めたいって思ったことはあったんですか?

浅野  というより、この職業自体がいつまでできるか、よく分からなかったですね。そういう意味では、仕事に対してあまり腰が据わっていなかったというか。早く、なんか見つけなきゃなって考えていたんです。だから、時間があると求人情報誌をよく見ていました。皿洗いなら何歳までとか、お運びさんなら何歳までとか。女優として使われなくなる前に何か手に職をつけたほうがいいんじゃないかとか、いろいろ考えていましたね。

――浅野さんにも、そんなときがあったんですね。

浅野 まぁ、そんな時間があるくらいだったら、ちゃんと演技の勉強しろよ、みたいな感じですよね(笑)。今は自分で、こんな役をやりたいと考えるよりは、いただいた役を、どう全うするかが一番大きいですね。その後、出演させてもらったドラマ『あぶない刑事』(86年)、『パパはニュースキャスター』(87年)などが時代にうまく乗れたのかなっていう感じですよね。

――本誌読者からしたら、ドラマ『101回目のプロポーズ』(91年)なども強く記憶に残っていますが、近年では、2017年に56歳のときに、30年ぶりにグラビアの仕事をされたのが話題を集めました。

浅野 水の中で撮るっていうことを、ずっとやりたかったんです。それで、あのお話をいただいたときは“チャンスが来た”って思って。でも、実際に撮ったときに布を持ったりすると、全然潜れなくてね(苦笑)。

――布の分の浮力がつきますからね。

浅野 それ知らなくて、カメラマンと水の中で、すごく格闘したんですよ(笑)。

――失礼ですが、年齢的な部分での不安とかは、なかったんですか?

浅野 全然。“こいつ、いい年して”って思われるんだろうっていうのはありましたけど、それよりも水中撮影をやりたいって気持ちのほうが大きかったんですよ。

――失礼ついでですが、来年は還暦を迎えられますね。

浅野 私としては、この水中撮影みたいな面白いことがあったらいいなって。

――企画次第ではまた、グラビアに挑戦してもいい!?

浅野 グラビアっていったって、こんな年になったら誰も望んでいないわよ(笑)。でも、水中撮影と同じくらい面白いことができるんだったら、アリかな(笑)。

――コロナ禍でソーシャルディスタンスを取った取材でしたが、浅野さんのお茶目で豪快なキャラは、新型コロナウイルスを吹き飛ばすくらいの魅力がありました。

あさの・あつこ 1961年3月4日、東京都生まれ。A型。15歳で映画『エデンの海』で女優デビュー。1980年代には『スローなブギにしてくれ』『汚れた英雄』などの角川映画に出演。83年には映画『陽暉楼』で『日本アカデミー賞』最優秀助演女優賞を受賞。浅野ゆう子とW主演を務めた『抱きしめたい!』(88年・フジテレビ系)など出演したトレンディドラマは社会現象となった。主な出演作に映画『あぶない刑事』シリーズや『天と地と』など。03年より古事記を題材にした舞台劇『浅野温子 よみ語り』を継続的に公演。

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