そしてまた、サムとの関わりを通じて語られる登場人物たちのトラブルや葛藤はすべて、アイドルとして生きる者たちが、その傍らで抱え込んでいる困難として立ち現れる。アイドルが特権的な何かではなく、一労働者であり不完全な個人であるという本来当たり前の視点を、アイドル自身が演じるフィクションとして表現したところに「サムのこと」の特性はある。

 最終話、サムが描くはずだった未来像がほんの少し明らかになると同時に、サムの通夜に集まった仲間それぞれの未来にも、ささやかに光が灯される。その光が照らすのはいずれも、アイドルとして過ごした日々の先にある、なんでもない日常の尊さである。

 アイドルというキャリアを歩き始めた只中にいる4期メンバーが、「その後」の人生全体を見通す射程を背負うことで、このドラマの奥行きは幾重にも増してゆく。

乃木坂46「個人PVという実験場」

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