■「朝ドラでここまでやるのか」“志村けんさんの笑顔”も

 2つ目の奇跡は、数々の苦難が降りかかった「歴史的な朝ドラ」となったことだ。

 そもそも本作は、2020年に行われる予定だった東京オリンピックが重要なファクターとなっていた。しかし、新型コロナウイルスの世界的パンデミックにより、オリンピックそのものが中止に。3月29日には、作曲家・小山田耕三として出演していた志村けんさん(享年70)がコロナウイルス感染に伴う肺炎悪化で亡くなったほか、途中、約2か月半の放送休止を余儀なくされ、話数も10話短縮となった。ある意味で“朝ドラ史”に残るような苦難の連続で、未曽有の事態の中、制作を続けなければいけなかったスタッフ・キャストたちの苦労は相当のものだっただろう。

 しかし、凄惨な戦争描写が「朝ドラでここまでやるのか」と大きな反響を呼び、視聴者に戦争の恐ろしさを改めて突きつけた“インパール作戦”のくだりは、話数の短縮によって脚本を書き換えた結果、生まれたものだという。

 また、図らずも志村さんの遺作となってしまったことで、作り手側の意識の変化もあったはずだ。119話で、奇跡的に撮れていたという志村さんの笑顔が差し込まれたことも話題を呼んだが、あまりに過酷な状況が現場の団結を生み、逆境をプラスに変える大きな力が働いたのではないかと推察する。全話を通じて「こんな時だからこそ、いいものを作ってやる」という作り手の矜持がしっかりと感じられたことも、同作が評価を受けた理由の1つだろう。

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