■落合という“毒”を中日に注入

 前出の愛甲氏も、中日時代に監督だった星野さんについて、こう話す。

「星野さんは選手に向かって試合後に〈今日はみんなありがとう〉って言うんです。そんな監督は今まで見たことなかった。もちろん、負けた日は一転、ピリついてましたけどね(笑)」

 アメとムチの使い分けが際立っていたようだ。その星野氏の中日監督時代の大型補強の一つが、落合博満氏のトレードだった。

「星野さんが監督に就任した86年に〈今の中日に必要なのは個性のある選手、思い切って“毒”を入れましょう〉と提言したそうです。結果として落合さんが入団し、88年に優勝するわけですから、さすがの慧けい眼がんです」(前出のデスク)

 “毒”と呼ばれた落合氏は“オレ流”で知られているが、愛甲氏が、こんな落合氏の言葉を教えてくれた。

「落合さんはカネやん(金田正一氏)と過去にひと悶着あって、それを理由に、〈俺は名球会が大嫌いだから、1999本で引退してやる〉って言ってたんです。後年、本当に入会を拒否したんだから、すごいですよ」

 その金田さんも400勝を挙げたレジェンドだが、監督時代にはこんな一面も。

「監督としてのカネやんは、選手の名前をろくに覚えていない人だったから、たびたび〈ピッチャーあいつ!キャッチャーこいつ!〉って指さして交代を伝えていましたよ(笑)」(愛甲氏)

 愛甲氏は、千葉ロッテの監督と選手との、こんな“珍場面”も目撃している。

「逆転のチャンスでベンチにいた宇野勝さんが、〈ここは宇野しかいねぇだろ!〉って叫んでベンチの前で仁王立ちしたんだよ。それだけでもビックリだけど、それを見た監督の八木沢荘六さんが〈代打……佐藤(幸彦)〉って。あれは完全に漫才だったね(笑)。

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