本田翼
本田翼

第85回 「カレー食堂 リトルスパイス

 シルバーウィークの初日、ふと吉祥寺に出かけた。ショッピングモールを歩くにも、人とぶつからず済ませるのに往生するくらいの人出。人流は確実に戻った。それまでいた阿佐ヶ谷と異なるのは、ただ無目的に歩いていても、つい覗きたくなる個性的な店の多さだ。その充実ぶりは今や渋谷や新宿以上だろう。

 ぼくは吉祥寺まで車で10分、自転車で20分弱くらいかかる町で育ち、今なお暮らしている。親戚も近くに住んでいて、いわば幼い頃からの庭場だ。だから、かつて通った庶民的な店が徐々に減り、全般にお洒落に生まれ変わるにつれ不満も募っていた(その辺りは拙著『東京実用食堂』(日本文芸社)でも切々と綴ってはおり、機会があればぜひ読んでほしい)。

 しかし、町は生き物。変わって当然。ノスタルジーに浸るより、今の有様を楽しまなくちゃ嘘だ。その点で、吉祥寺ほど唸らされる町はない。長谷工アーベストが毎年9月末に発表する「住みたい街ランキング」の1位から15年下らなかったのも、よくよく伊達じゃない。

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