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自衛隊が対峙した「地下鉄サリン事件」知られざる秘話

[週刊大衆03月30日号]

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誰もが予想だにしなかった強力な"化学兵器"を用いた凶悪テロ――。国家転覆の危機に陸の精鋭が動いた!!

ちょうど20年前の1995年3月20日、午前8時――わが国の政経中枢を未曽有のテロが襲った。ご存じ、オウム真理教による「地下鉄サリン事件」だ。
卑劣なテロの舞台となったのは、首都東京の地下を走る丸ノ内線、日比谷線、千代田線の各車両だった。丸ノ内線と日比谷線は2つの車両でサリンが撒かれているため、合計5つの車両で被害が出た。当時を知る警察関係者が明かす。

「ちょうど、通勤・通学ラッシュのピーク時を狙った犯行でした。さらに、霞ヶ関、国会議事堂といった政治関係者、官僚の多くが利用する駅を通る路線を選んでいる。実際、私の知り合いでも被害に遭った者が少なからず存在します。あの犯行が、国家の中枢に"痛恨の一撃"を与えんがためのテロ行為だったことは明白です」

当日、実行犯のオウム信者は、ビニール袋に無色透明の液体サリン1リットル程度を詰め、車内に持ち込んだ。
さらにこの袋を新聞で包み、「読み捨てられた新聞」という偽装工作も行っている。
「サリン入りの袋を包む新聞は、教団幹部の指示で、共産党の機関紙である『赤旗』と、創価学会の機関紙である『聖教新聞』が選ばれました。事件とは無関係の両組織の関与を示唆する物証を現場に残すことで、捜査をかく乱する意図だったとされています」(当時取材に当たった全国紙記者)

有機リン化合物であるサリンは、化学兵器としてナチス・ドイツが開発した致死性の神経ガス。
「実行犯となった信者は、電車が停車する寸前にサリンの入った袋を床に置き、先を尖らせた傘で穴を開けたんです。そして、すぐさま降車し、逃走したことが判明しています。これを"鬼畜の所業"と言わずして何と言えばよいのか……」(捜査関係者)

死者13人、負傷者約6300人という、甚大な被害をもたらしたサリン事件。今なお、サリン吸引の後遺症や、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされる被害者も少なくない。
オウム教団が、かくも残忍なテロ行為に及んだ理由とは何なのか。それは、前年6月の「松本サリン事件」に端を発する。
「当時、オウムは長野県松本市に教団支部と食品工場の建設を進めていました。それが、住民の反対運動などで失敗した。その腹いせと、教団が密かに製造していたサリンの散布テストを兼ねて起こしたのが、松本サリン事件です」(全国紙社会部記者)

松本市の住宅街に散布されたサリンは、罪のない市民8人の命を奪い、約600人が重軽傷を負った。
「当時、一部週刊誌で犯人と断定的に報じられた地元の方がいました。松本の一件は、こうした冤罪被害も招いたんです。一方で、事件発生翌日から、警察関係や大手メディアに、"あれはオウムの仕業"とする怪文書も届いており、警察がオウム教団に対する本格調査に着手するきっかけとなったんです」(同記者)

ただ、オウムの犯行と決定づけたのは、自衛隊だったという。陸上自衛隊の池田整治・元陸将補が明かす。
「松本でサリン事件が起き、続けて、オウム教団の重要施設が密集する山梨県の上九一色村(現在の甲府市と富士河口湖町の一部)で、異臭騒ぎが発生しました。そこで、現場の土壌を陸上自衛隊の化学学校で分析したところ、同一のサリンであることが判明したんです」

陸自の化学学校とは、大宮駐屯地(埼玉)に所在する研究・教育機関で、NBC(核・生物・化学)兵器に対処するプロフェッショナルを育成している。
「人の指紋に個体差があるように、サリンにも生成過程で微妙な違いが発生するんです。それが一致したということは、オウムの犯行であると断じてよい。したがって、陸自では"松本サリン事件はオウムの仕業である"という情報を警察にあげたんです」
事件発生から29分で出動待機

この報告を受けて警察も、オウムの犯行を強く疑うようになり、強制捜査の準備が着々と進められていった。警察庁担当記者が言う。
「さまざまな情報から、上九一色村に、サリンのプラント(精製工場)があると予測されました。これを受けて警察は、95年3月22日に同地を強制捜査することを決断したんです。ところが、警察内部に存在したとされるオウムの"S(スパイ)"によって、捜査情報が漏えいしてしまったんです」

スパイを通じて22日の強制捜査を知ったオウム教団が、これを阻止するために強行したのが、20日の地下鉄サリン事件だったのだ。
「当時の国松孝次警察庁長官も、同様の証言をしています。地下鉄サリン事件被害者の会の代表世話人との対話で、"警察は、オウム教が3月22日の強制捜査を予期して、なんらかのかく乱工作に出るという情報を事件の数日前に得ていた"と発言しているんです」(前出の警察庁担当記者)
国松長官は「ただし、情報に具体性がなかったため、予防措置を講じることは不可能だった」と続けているが、これは偽らざる本音だったのではないか。

「教団施設への強制捜査のかく乱を目的とした地下鉄サリン事件は、9.11米国同時多発テロと図式が似ています。9・11の数か月前、FBI(米連邦捜査局)のアルカイダ担当チームは、"米国中枢で航空機を用いたテロが発生する"ことを掴んでいました。情報は、キューバに設置された米軍のグアンタナモ収容所に拘束されたテロリストからもたらされたといいます。ただ、地下鉄サリン事件同様、具体的な情報に乏しかったため、これを未然に防ぐことが困難だったわけです」(軍事ライターの黒鉦英夫氏)

さらなる誤算は、オウム教団がテロにサリンという警察では対処不可能な化学兵器を用いたことだった。
「NBC兵器への対処が可能なのは、自衛隊のみです。とはいえ、想定される事態は、他国による侵略ではなかったため、自衛隊に防衛出動(有事に際しての自衛隊の軍事行動)を命じることは困難だったはずです。それならば、治安出動(警察の手に負えない事態に際しての自衛隊の出動)という手もあったんですが、当時はまだまだ自衛隊に対する理解が不足していた時代ですから、国民感情的にも、それは難しかったはずです」(自衛隊事情に詳しいライターの古是三春氏)

結果、"次善の策"として、自衛隊が訓練と装備提供の両面で警察を全面サポートすることになったという。
「陸自の化学学校のスタッフが、朝霞駐屯地(東京・練馬)で、警察官に化学兵器対処用の装備を用いて、危険を除去する訓練を行ったんです」(同)
とはいえ、これはあくまで上九一色村への強制捜査の準備であって、サリンの無差別テロに対する訓練ではなかった。警察当局も自衛隊も、まさか強制捜査の2日前に、地下鉄サリン事件が発生するとは、夢想だにしなかったはずだ。

しかし、はたして惨劇は起こった……。
「乗客がバタバタ昏倒していく中、真っ先にその対応に当たった駅職員や、消防・警察関係者は皆、猛毒のサリンが原因だとは考えなかったんです。そのため、二次被曝して命を落とした方もいらっしゃいます。現場では、東京消防庁の化学機動中隊の隊員が原因物質の特定を試みましたが、そもそも彼らが使用していた分析装置に、サリンを検出する能力はありませんでした」(前出の黒鉦氏)

混乱がピークに達し、現場が地獄と化す中、唯一「オウムによるサリン散布」を確信し、迅速に準備を行っていたのが自衛隊だった。
「事件発生からわずか29分後には、自衛隊中央病院(東京・世田谷区)に患者受け入れ準備の命令が発動されました。同時に、第101化学防護隊(現在の中央特殊武器防護隊、大宮駐屯地)および、第32普通科連隊(大宮駐屯地)の隊員に、出動待機命令が下されています」(黒鉦氏)

地上には救急車があふれ、路上で昏倒した被害者の治療が行われる中、警察庁から出動要請を受けた陸自の精鋭たちが、次々と現場に急行していった。自衛隊に精通したジャーナリストの井上和彦氏が言う。
「自衛隊以外に、地下での除染作業を完遂することはできませんでした。原因物質がサリンであると特定したのも、自衛隊です。当時は現在よりも、自衛隊に対する風当たりが強かった時代。彼らは理不尽な批判に晒されながらも、粛々と化学兵器に対する備えを行っていたんです」

猛毒サリンの除染作業は困難を極めたという。
「当時、現場で除染作業に当たった隊員は後日、こう言っていました。"色々な訓練の中で、一番現実味を感じなかったのが、NBC兵器への対処訓練です。それがまさか、現実の事態になるとは驚きでしたが、現場では訓練で学んだことを実直に行えばよかったので、動揺はありませんでした"。これが自衛隊の凄さなんですよ」(前出の古是氏)
自衛隊に息づく自己犠牲精神

さらに、こんな驚きの秘話もある。井上氏が明かす。
「除染作業が完了し、現場が無害化された時点で、現場指揮官が思いもよらぬ行動に出たんです。隊員全員に待機を命じ、自ら毅然と防毒マスクを脱いだんですよ。もしサリンが残留していたら、命に関わります。それを自らが率先してマスクを脱ぐことで、除染が成功したことを確認してみせたわけです。東日本大震災でも多くの自衛官が勇敢な行動を取っていますが、この自己犠牲の精神こそが、自衛隊の最大の強みなのではないでしょうか」

こうした自衛官の自己犠牲を厭わない行為は、枚挙にいとまがないという。
「新人の自衛官に手榴弾の使い方を手ほどきしていた際、新人が誤って手榴弾を落としてしまう事故がありました。すると、次の瞬間、教官が自ら手榴弾の上に覆いかぶさり、爆死したんです。将来ある若い命を守りたいという一念でした。空の事故でも、知られざるエピソードがあります。埼玉県の入間基地の周辺に自衛隊の練習機が墜落し、2名のパイロットが殉職する事故がありました。彼らは訓練を受けていますから、パラシュートによって脱出することが可能でした。しかし、コントロールを失った機体が住宅街に突っ込むことが予想されたため、2名のパイロットは脱出を断念し、人のいない河原に機体を墜落させたんです」(同)

前出の池田元陸将補も、こんな驚きの話を明かしてくれた。池田氏はサリン事件当時、防衛省の陸上幕僚監部に勤務しており、職責上、警察と自衛隊のパイプ役を務めていたという。
「警察の捜査により、オウムは旧ソ連製の軍用ヘリを保有していることが判明していました。このヘリにドラム缶に入れた液体サリンを搭載し、都内の人口密集地で散布されたら、どうなったでしょうか。警察はこうしたテロを想定していませんでしたが、自衛隊では、最悪の場合、100万人の被害者が出ると算出していました」

サリン事件の2日後、上九一色村に強制捜査に入った警察関係者に、池田氏は同行したという。そのときのことについて、
「万が一、ヤケクソになったオウムが、サリンを積んだヘリを飛び立たせ、都内に向かったら大参事になる。その場合は、その場でヘリを撃墜することが使命だと考えておりました」
国家の緊急時には、自衛隊が"最後の砦"となる。

常在戦場――今、この時も、彼らは最悪の事態に備えている。

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