日刊大衆TOP 娯楽

【武豊】「伝説」が生まれた89年の桜花賞

[週刊大衆04月20日号]

人生に役立つ勝負師の作法 武豊
「伝説」が生まれた89年の桜花賞


今年は、例年より速いスピードで桜前線が北上中。
この号が発売されるころには、新潟競馬場、福島競馬場のあたりでも、咲き始めているかもしれません。
この桜前線とともに競馬もいよいよ、本格的な春シーズンに突入します。今週末には、ファンの方も、厩舎スタッフも、馬主さんも、もちろん僕たち騎手も含め、すべての競馬関係者がわくわくするクラシック戦線がスタート。その第1弾として、3歳の女の子たちが世代ナンバー1の座を目指してしのぎを削る「桜花賞」が行われます。

僕がこのレースを制したのは、1989年のシャダイカグラから始まって、ベガ(92年)、オグリローマン(94年)、ファレノプシス(98年)、ダンスインザムード(04年)の5度。どのレースも、馬の息づかいやライバルたちの位置取りも含め、スタートからゴールまで、ハッキリと思い出すことができます。

この中で印象に残っているレースをひとつだけ挙げろと言われたら……スタートでの出遅れが、いつの間にか、「武豊はわざと出遅れたんだ」とささやかれはじめ、桜花賞史上に残る伝説となってしまったシャダイカグラでの勝利でしょう。

以前、本誌で掲載された伊集院静先生との対談でもお話しましたが、スタートで大きく出遅れたときに上がった悲鳴とため息は、はっきりと僕の耳にも届いていました。あの日のシャダイカグラは、単勝2.2倍の圧倒的な1番人気。2人に1人が彼女の馬券を握りしめていたとすれば……約4万人の悲鳴とため息です。
もちろんあのときは、僕自身も、「あーっ!」と叫んでいました。でも、叫んでいましたが、パドック、返し馬で、異常なほどイレ込んでいたときから、半分くらいは、予想できていたことでもありました。
伝説化した理由はマスコミへの発言

しかも、06年に大幅改修される以前の阪神外回り1 600メートルは、スタートしてから最初のコーナーまでが1ハロンほどしかなく、距離ロスのない内を走るためには、先行するか、後ろから行くかの2つに1つ。単枠指定で18番に入った時点で、ある程度の覚悟はできていました。

最後方から馬場の内側を走り、わずかなスペースを見つけて潜り込む――彼女の脚があったからこそ出来たことですが、道中、不利を受けることは一度もありませんでした。

ではなぜ、このレースが伝説となったか。それは、レース後、マスコミの方に囲まれ、意図的に出遅れたのかどうかとの質問に対してつぶやいた一言。「それは、みなさんのご想像にお任せします」と言ったことが、噂が噂を呼び、ただの出遅れが、究極の戦術として、半ば伝説化したというのが真相です。

そうなると否定するのも余計にかっこ悪いので、いまも、そのままにしてありますが(笑)。伝説というものは、案外、こんなものなのかもしれませんね。春爛漫みなさん、今週末は、「桜花賞」の舞台となる阪神競馬場でお逢いしましょう。


■武豊 プロフィール
1969年3月15日、京都生まれ。1987年の騎手デビュー以後、通算3500勝、日本人騎手初の海外GI制覇、年間200勝突破など数々の金字塔を打ち立て、現在も活躍中。

【武豊】「伝説」が生まれた89年の桜花賞

この記事が気に入ったら
をしよう

いいね!

@taishujpさんをフォロー

大衆のオススメ


オススメタグ


人気記事ベスト10


日刊大衆公式チャンネル


Copyright(C) 日刊大衆 Futabasha Publishers Ltd. All rights Reserved.