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【武豊】 壁が立ち塞がったウオッカの安田記念

[週刊大衆06月15日号]

人生に役立つ勝負師の作法 武豊
壁が立ち塞がったウオッカの安田記念

京王線で東京競馬場に来場される方が、まず目にするのが、駅(正式には、府中競馬正門駅というんだそうです)の改札を出たところにある黄金の馬、アハルテケ像でしょう。

――なぜ金色?

不思議に思われる方もいると思いますが、原産地トルクメニスタン、今も中央アジアで生産されているこの馬は、本当に金色に輝く毛並みをなびかせて走る、"世界で一番美しい馬"と言われていて。チャンスがあれば、一度、跨ってみたいと思っている馬です。

――待ち合わせは、トキノミノル像の前で。

ファンの方にもおなじみとなっているのが、"幻の名馬"……10戦して無敗、うちコースレコードが7度。ダービーを制したわずか17日後にこの世を去った不世出のサラブレッドです。
彼は今も、パドックの裏でコースの方向を見据えるように凛として立っています。そしてこのトキノミノル像と同じくパドックで競馬を見つめているのが……今週末に行われる「安田記念」の由来となった安田伊左衛門氏の胸像です。

――なるほど、安田記念の創設に力を尽くした人か。

シンプルにそう思った方がたくさんいると思いますが、いえいえ、そうではありません。安田伊左衛門氏は日本中央競馬会の初代理事長で、競馬法の制定や日本ダービーの創設に力を尽くされ、"日本競馬の父"と称されるホースマンです。
1951年に「安田賞」として創設、氏の逝去にともない58年から現在の「安田記念」に改称されたこのレースは、"春のマイル王決定戦"としてファンの方に愛され、数多くの名勝負を生んでいきました。

前はどこも壁に! それでも馬を信じ


僕がこのレースを制したのは3度です。最初がオグリキャップとの初コンビで挑んだ90年。2度目の戴冠は憧れのゴドルフィン、ロイヤルブルーの勝負服を身にまとった95年(パートナーはハートレイク)。3度目が09年のウオッカです。

ほぼ思い描いていたとおりに勝てたオグリキャップ、ハートレイクに比べ、ウオッカのときは、最後の直線で計算に微妙な狂いが生じていました。

前にも後ろにも横にも馬がいて。一瞬、強引に出ることも考えましたが、ウオッカなら大丈夫……安全策を選択したのが失敗でした。
わずかに開いた隙間にディープスカイが飛び込んだのを視界で捉えながら、馬一頭分、外へ持ち出しましたが、そこも壁。さらに外に持ち出しましたが、また壁……鼻先をねじ込むスペースすらありませんでした。

――焦りませんでしたか?

レース後、当然のように聞かれましたが、少しも慌てることはありませんでした。なぜかって? だって、ウオッカですから。このウオッカの像が、東京競馬場のローズガーデンヒルズにあります。
レースはもちろんですが、競馬場にある像などを巡り、歴史に思いを馳せるのも競馬の愉しみ方のひとつ。今週末は、東京競馬場を思いっきり味わってください。いつもとは違った何かが見えてくるはずです。


■武豊 プロフィール
1969年3月15日、京都生まれ。1987年の騎手デビュー以後、通算3500勝、日本人騎手初の海外GI制覇、年間200勝突破など数々の金字塔を打ち立て、現在も活躍中。

【武豊】 壁が立ち塞がったウオッカの安田記念

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